第一章


年功序列

長井伸之 イースト開発部課長 長井という人物の入社が決定した日に曽根社長が私のところに来て、「和田君、今度すごく出来る人が入社するよ」と耳元で囁いた。
私は、「そうですか、仕事できるのが私だけじゃ困りますからね」と皮肉をいってやった。
 社長の考えはわかっている。
おそらく彼の入社の条件として役職を用意したのだ。
どうも、この様に社長は後先を考えないで、口からでまかせをいう部分が多々ある。そして、自身で招いた突発的な出来事を後から取り尽くす手に出てくるのだ。
つまり、イーストは年功序列という事を主張するのである。以前からその気配があったが、私に対しても年功序列を正論化したのだ。
新人の力の程度も見ずに役職を与えて給与を支給する。これが彼らの言う平等とは、私には到底思えない。
笑い話に、一度会社を辞めて再入社したほうが給料が良くなるというのがある。既存社員の給与アップ率より、新人社員の採用給与アップ率のほうが良いのだ。

 結論からいうと、彼(長井)は私の上司になった。長井課長と言うのが入社時の彼の役職だ。
そして彼が後にDrawingを引き継ぐのだが、Drawingのチームは純粋な社内開発になることと先が見えている。
つまり、社内技術の向上と維持、コスト意識が求められる部隊となるはずだ。

 それでも長井課長は、彼なりに努力をしているようだ。だから私も当時としては余り文句は無かった(私は役職より待遇を求めるのだ)。
しかし、技術力やセンスというのは持って生まれた才能だ。平等ではない。
曽根社長も、すごく出来る人という言葉を私に撤回してきた。やっぱり、和田君だねぇ…と歯が浮くような台詞を述べて、私の機嫌を取ってくるのだ。まったく、いいかげんなんだから…、まぁ大きい子供だと思って許してやるか…。
いかん…、私も結構いいかげんだゾ。私はいつも文句をいうくせに、社長とは腐れ縁になりかけている。
後に長井チーム(開発部と言う名の部を新設)は仕事の出来ない人達の楽園となり、資産を食いつぶす結果となる。

 会社の年功序列はこの例だけではない。年が1歳でも違えば、役職に差が出る。当然、収入も違う。
本人の才能や技術力で収入が決まるのではなく、年齢で決まるのだ。
先に紹介した本木部長待遇にしてもそうだし、営業採用される営業マンも大抵年齢が高いので、入社時から高給取だ。
数年まじめに出向に行っている若い社員を無視するがごとく実行してしまう年功序列。大企業の年功序列もここまで徹底していないだろう。
しかし、私にとって不思議なことは、その若い社員達から不平不満の文句が出てこなく、社内は一見平和だ。

 ちなみに、年功序列は役職と給与にだけ影響を与えているのがイーストの常識である。
つまり、普段の仕事では、出来る人が指揮を取り、優遇される。私や湯川を含め数人がそうだ。
でも、イザという時の決定となると、役職の壁(年齢)が立ちはだかる。これが矛盾だ。

 私と同期入社は3人いた。偶然にも皆同じ年だ。そして入社時には若い先輩社員より年齢が若干上だった。そのために私達同期組は他の社員より給与が良かった。
私はプログラム経験もあるし、自分に自信があったので、当然だと思っていたが、他の同期入社の2人はプログラムに関して素人だった。また、お世辞にもセンスがあるとは言いがたかった。しかし、給料の面から言うと、数年の経験者より上だったし、私と金額も変わらない。

曽根昭 イースト社長 一体、この硬直した考えをもたらしている原因は何だろう?
現在に至って考えてみると、トップの不安感があったのかもしれない。
落ちこぼれを拾うと言い、如何にもこの会社は人材を大切にするというイメージを植え付けていたに過ぎない。
つまり、トップの人達は、優しさでしか人材を掌握できないのだ。
やさしい社長であり、やさしい専務であり、やさしい部長なのだ。
唯一、水上部長だけが厳しさを持っていたが、何せ無口だ。会社で発言することはあまりない。
これでは社内のバランスが保てていない。
トップの人達皆が優しかったらバランスを欠いていると言わざるを得ないだろう。
 しかし、水上部長がいるときは会社の安全装置として、多少なりとも機能していた。
会社の金を湯水のごとく酒代につぎ込む社長と木藤専務に対して、酒を飲まない水上部長が、いけないことだとたしなめる。
たしなめるといっても、ほんの時たま口を開くだけなので効力は薄い。

 トップが優しいので、社員に好かれたろうって?実際はその逆である。
社員は社員なりに、その社長以下の考えが優柔不断なので信用していないのである。飲みに行けば社長に絡まれるし、木藤専務はいいかげんだし…。これじゃ好きにならない。
しかし、私と湯川は社長の扱いを知っているので、まったく苦にならなかった。

 とにかく、イーストは年功序列だ。
このシステムは大企業だったら上手に(?)機能するのであって、小さい、しかもプログラムの会社で採用することに無理がある。
これでは若くて有能な人材は会社に居てはくれない。この会社に中堅社員がいない理由がそうだ。力がある社員は皆会社を去ってしまう。
唯一残ったのが、社長に忠誠を誓う吉田課長と、箸にも棒にもかからない本木部長待遇(居心地良いもんね)。

 この時点から数年間、相変わらずイーストでは体質が変わることは無かった。会社が成長している時期にもったいないことだ。
はっきりいって、この間のブランクが惜しまれる。


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