第七章


収束

 裁判は和解になった。私と湯川は和解調書を持って労働基準監督署に行き、未払賃金立替払の早期認定をせまった。
それから2週間後、未払賃金立替払の認定が簡単に降り、立替額を記入する申請書を郵送で受け取った。ちなみに、立替額は全額保証されない。また年齢によって上限が定まっている。

未払賃金の立替払額=     1)未払賃金の総額又は     ×0.8
2)政令に基づく上限額
のいずれか低い額
1)未払賃金の総額=     退職日の6ヶ月前の日から
退職日までの間の定期賃金
及び退職手当
  −  支払済額  −   社 宅 料
物品購入代金
貸付金返済金
などの差引額
2)政令に基づく上限額 −−− 退職の時期に対応した額となる
退職の時期 上限額 退職の時期 上限額
平成5年4月
1日以降
退職労働者
の退職日に
おける年齢

45歳以上

150万円

昭和63年
4月1日から
平成5年
3月31日まで

退職労働者
の退職日に
おける年齢

45歳以上

130万円

30歳以上45歳未満

120万円

30歳以上45歳未満

110万円

30歳未満

70万円

30歳未満

70万円

 例えば年齢が32歳なら立替額は、120万円×0.8=96万円となる。つまり、会社側の未払い金額がいくら多くても支払われる上限が決まっているのである。

 さて、我々の行った行為によって、最後までイーストに残っていた社員の未払い給与の立替払も認定された。労働基準監督署は他の社員に対して今まで立替払を認定しなかったのに。お役所って、やっぱり平等…。
 ただし、他の社員は退職金の立替払を受け取れなかった。何故なら、最後までイーストにいた社員は有馬経理部長からイーストには退職金がないとの社則を説明されていたからだ。それで、彼らは退職金の申請書を提出してなかった。
この申請を提出していたのは私達と大谷だ。途中で会社の社員規定が退職金無しに変わっても申請を提出していたおかげである。これは高田弁護士の助言によることは既に記述済みである。
 しかし、私と湯川は未払い給与だけで立替払いの上限を超えてしまったので、結局退職金は関係なかった。
おそらく一番損をしなかったのは大谷だ。彼はイースト崩壊1ヶ月前に会社を辞め、退職金も立替払いでもらえた。

 労働基準監督署に立替金を受け取りに行く日、数人の元イースト社員に会った。彼らも私と同一日に労働基準監督署から呼び出されていた。
彼らの情報によるとイーストは…。

 あの…何の役にも立たない本木部長代理と、後にイーストにやってきた三島社長はしばらく隠岐会長の下に残っていたが最後に切られた。本木部長代理は実家に戻り、現在は親の残したマンション管理を行っているという。一方、三島社長にはイーストにつぎ込んだ個人借金が残ったらしい。その後の行方は誰も知らない。
 水上部長批判をしていたグループの一派は水上部長の設立した会社に再就職し、残りの一派は吉田専務の移った会社に再就職した。
う〜ん、身の振り方が早い…。だが、この選択が一番楽なのかもしれない。
 その他のイースト社員の顛末は、契約社員になる者、フリーターをきどる者…まぁ、そんな具合だ。

 曽根社長は社員を整理することで身軽になり、我々との裁判終了を待って債権者を集めイースト再建の説明会を行った。しかし、我々を相変わらず無視している。我々に対して何の説明も無いのだ。
現在のところ、イーストは倒産に至ってない。曽根社長は会社再建を夢見てちょこちょこ働いていることだろう。このような状況ではイーストから金を取れない。もう少し会社が儲けたところでイーストから金を取ろうと思っている。とりあえず、債権放棄していない意思を見せるため、支払い催促の内容証明を年賀状代わりに毎年送付することにする。

隠岐敬一郎 センチュリー社長&イースト会長&クリエイト取締役 木藤専務は相変わらず行方不明だ。しかし、彼のことだ。何事も無かったように曽根社長か隠岐会長の下にひょっこり現れるかもしれない。いや、我々の前に現れるかもしれない。ちょっとまて、その前にクリエイトの後処理があるじゃないか…?
我々はクリエイトの株式を保有している。クリエイトは私たちが去ってから1度も株主総会を開かない。いったいどうすれば良いのだろうか?ちなみに、私と湯川の保有持ち株は20%だ。

 さて、隠岐会長はどうなったのだろう?
隠岐会長の情報は元イースト社員からも漏れてこない。時系列を整理すると、本木部長代理と三島社長を切った時点が最新情報だ。その後の行動は把握できていない。
 曽根社長はイーストが自分の手に戻ってきたと思い行動をしている。しかし、隠岐会長との決着はどうなっているのだろうか?曽根社長がイーストを再建したときに隠岐会長は会社を掠め取るのだろうか?
曽根社長がイーストの後始末をきちんと行っていなければ、再び隠岐会長はイースト奪取を敢行するだろう。それまで静観している作戦だと思う。まぁ、どちらにせよイーストが消えない限り、我々はイーストに和解調書をちらつけることができる。
和田信也
 私と湯川は新会社設立に向けて法的手続きや事業内容の検討に入っていた。
イーストやクリエイトのことは過去のものへと変化していった。しかし、イースト退社後から無収入の生活が続いている。無事に会社を設立したとしても運転資金が回る保証も無い。いつまで無収入か先も見えていない。
 サラリーマンって本当に楽な商売だと思う。ボスを変えながらでも上手に立ち回れば月々の給与が保証される。この安心感は麻薬に似ている。目に見えない不安感を克服する勇気には膨大なエネルギーが要ると思われる。
私や湯川にしてもイーストが健全なら、イーストにずっと留まったかもしれない。いや、「もし…」の話はやめよう。現実に我々は会社を設立する方向で行動しているのだ。

 1998年2月末のことだった。イーストのことは過去にする必要がある。今は新たな船出をするときだ。
私にとってこの日、労働基準監督署に出向くことがイーストを過去にするはずの日だった。


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