第五章


隠岐会長の手のうち

 1996年の初夏、隠岐会長の手のうちが私にも見えてきた。
その最中に特許論争の話が私にも来た。しかし私は心の中で拒否した。もちろん役員という立場から表立って拒否はできない。
だが、隠岐会長の手のうちを詳しく知ると、やはりNOなのだ…。

 特許にしたって、発明者が個人なだけである。つまり、書類上の記入の問題だ。
会社に所属していると
・職務発明(研究開発費などが会社から支出されていて発明した)
・業務発明(研究開発と別の部門者が発明した)
・自由発想(会社を離れた場所で発明した)
のケースが考えられる。
そして、
・職務発明:補償金を社員に支払い権利は会社に帰属させる。
・業務発明:会社で権利が欲しい場合に社員と契約して対価を支払う。
・自由発想:発明は完全に個人の発明。
の報酬が想定される。

 現状のDrawingは、鈴木建設内の職務発明だ。発明者は私と仕事をした鈴木建設の社員になっている。
隠岐会長の提案は、私個人の自由発想にすると言っている…これが信用できない。
 その前にイーストでは鈴木建設から研究開発費を受けとってDrawingを開発した。つまり、鈴木建設の特許申請欄の発明者の項に和田信也の名前が載る程度が本筋なのだろう。
最終的に、隠岐会長が発明者の項を狙っているのかは知らない。もしかしたら、知的所有権かもしれない。
それは会社(クリエイト)にとって今後の戦略にもなるのだろう…それでも私は隠岐会長を信用できない。

 隠岐会長は人を利用する時には、たらしこみの手口を使う。
私は自分に自信があった。しかし、現時点で過去を振り返ると、流されてきただけだと気がつく。
 仕事はきちんと納めてきていた。野望を持って事務所を地方に開設させた。
この2点でオロオロしていたのは隠岐会長出現前のイースト首脳陣だ。つまり、曽根社長と木藤専務。
曽根社長と木藤専務は私以上に流されやすい人物だ。だから彼らを私の流れにも調節できた。
和田信也 イースト部長&クリエイト取締役しかし、その流れは同時に隠岐会長の出現を招いた。そして私にも流されやすいという特徴があったという事だ。
隠岐会長の出現にも、良いんじゃないの?。
体質改善委員会にも、まぁ、やってみようか。
隠岐会長の疑惑にも、少しは信じてみよう。
木藤専務の甘さにも、しょうがないなぁ…。
クリエイトの新設にも、面白そうだな。
…結局、流されてきただけではないか!

そして、役員というポジションと特許という罠が私を崩壊させるのだろうか?
曽根社長や木藤専務のように流されつづけると知らない間に借金を背負っているのだろうか?

 もう、考えすぎではない(と思う)。隠岐会長の手のうちが見えてきた(はずだ)。
隠岐会長は特許の話だって会社(クリエイト)や私のために行動するのではない。喧嘩の延長で、最後には個人(隠岐)の利益のためだ。
おそらく法的知識の乏しい私を利用して、三谷弁護士がクリエイトの職務発明に持っていくだろう。そして職務規定を新規作成して補償金を給与の何かに繰り込み粉飾させる…。実に隠岐会長のやりそうな手のうちだ。
私が、最後に法的手段に訴える人物でもなく、流されているという事も計算されているような気がする…。
 私はこの時期から猜疑心の塊となり、技術者としても死んでしまった…。

隠岐会長の手のうち…。

 隠岐会長はイーストとクリエイトを共同代表制の会社にした。イーストは曽根社長三島社長、クリエイトは木藤社長隠岐社長。しかし、全ての決定権は隠岐会長にあり、会社の実印は両社とも隠岐会長の会社センチュリーの金庫に納められていて誰にも開けられない。
 イーストが借金する場合や契約する場合にも役員会など開かれず、勝手に隠岐会長が執り行う。イーストの役員会は事後承諾の場だ。
クリエイトも状況は同じだった。私が木藤社長に何かをお願いしても会社の実印が無いため動きが取れなかった。正確には木藤社長が隠岐会長を恐れて木藤社長で意見が止まってしまう。私は実態の無い場所に対して意見しているに過ぎない。これじゃ自分も役員なのか何なのかわからない。空しいだけだ。
そして、私の知らない所でクリエイトとDrawingの名前を使って密かに何やら事が起こっている。

 8月のある日、再三要求していた毎月のクリエイト決算書を手に入れた。木藤社長に役員特権を使うぞと脅したからだ。木藤社長はこのような脅しでもすぐ動揺するから扱いやすい。
松本公認会計士 さて、決算書…それを見て私は愕然とした。製作は松本公認会計士。
隠岐会長はクリエイトから経営指導料と称して毎月200万円を搾取していた。さらにイーストからも200万円。
つまり、クリエイトとイーストから毎月400万円もの金が隠岐会長に渡っている事になる。
隠岐会長が投資したと思われるクリエイトの設立資金は、わずか1ヶ月で回収している。クリエイトだけで考えても2ヶ月程で回収している。
このようなカラクリのために私は会社に100万も投資したのか…。
わざわざ隠岐会長を太らせるために協力しただけじゃないか…。
 さらに、クリエイトは設立から数ヶ月で融資を方々から受けている。保証人は木藤社長だ。その金額は2,500万円になっていた。
以上の事を木藤社長に問いただすと、「そうなんだよ…困っちゃってね」などと返答をしている。
 さらに木藤社長は続けて答えた。
「国からも金を借れるんだ。会社に保管してあったDrawingの仕様書を提出するとベンチャー育成の補助が受けられるから…500万円は出ると隠岐会長が言っていたよ…」
 もしかして、特許のために必要だと言われた書類も悪用されるのだろうか?…私は混乱してきた。
もう何が本当で、何が嘘なのか理解不能だ。私はそのことを木藤社長に訴えた。
すると、特許の訴訟を起こすのは本当だよと木藤社長は答え、補助金を貰うほうは既に準備が出来ていると付け加えた。
要するに、無傷なクリエイトとDrawingを悪用(食い物)して新しい融資を捻出しているという事だ。そしてその金はクリエイトをフィルターにして隠岐会長に渡っている。
私は木藤社長が如何様(いかよう)に弁解しても、そう考えざるを得ないと結論した。

 隠岐会長がイーストに対してとっている態度は更に冷酷なものとなっていった。
その当時、イーストの仕事は出向しかない。受注の仕事を取る体力がないからである。そして出向によって得た利益は隠岐会長の手に渡っている。
そうなると社員に給与やボーナスなど渡るわけが無い。必然的に給与カット、残業カット、ボーナス無しだ。
クリエイトが創設されると、イーストの社員は本気で俺達の稼ぎがクリエイトに流れていると思っていたようだ。しかし実態は違う。
イーストは仕事を縮小したのに社員数は減っていない。隠岐会長に吸われて小さくなったパイを皆で分けていただけだ。
1996年のイースト社員のボーナスはクリエイトから捻出した。この事実を誰も知らない。と言っても全社員に一律5万円がボーナスだったけど…。
まぁ、仕事の無いイーストの余剰人員にもボーナスが渡ったという毒舌もあるが、社員のボーナス支給額以上の金額を1ヶ月で搾取していた人物がいた事も事実だ。

 隠岐会長は段階を経た手のうちを使う。
例えば、
1.今が大変なときだから一致団結しようと洗脳。
2.暫定的に会社再建中の(日時を特定しない)退職者は退職金無し、ボーナス無しと発表。
3.会社の壁にそれらしい紙が掲示される。
4.書かれた内容は後になって社則の変更だと気がつく。
5.社員が騒ぐと、法的根拠の正しさを説いた三谷弁護士の書類が配布される。
6.ここで社員は制圧される。
 しかし今振り返ると、
1.まずは社員の味方になる。方法は簡単、旧経営者を批判すれば良い。そして私のようなキーになる社員を何としても取りこもうとする。
2.会社の金は隠岐会長に吸い上げられるので、いつまでも会社再建中になる。つまり社員に還元される事は永久に無い。
3.社員は掲示物に興味を示さないことを見ぬいている。これは既成事実を作るために重要な口実となる。
4.しばらくすると社員は、おかしいぞと思うのだが、真綿のような締めつけなので鈍感になっている。
5.いよいよ社員が我慢できなくなったときに、掲示物の提示に反対が無かった(つまり合意)とか法律では…と言いきられてしまう。
6.私と湯川は後年になって私達独自の弁護士を雇い入れた。その時になって隠岐会長の行為は単なるはったりだと知らされた。

 隠岐会長が曽根社長や木藤社長に行っていた行為は、はったりなのだ。
法的知識と巧みな会計処理を背後にちらつかせて、俺はいつでも行動するぞという、はったりで相手を呑んでしまうやり方だ。
今まで温室のような会社で、世の中の人は良い人なんて思っていたイーストの面々には実に効果的だ。

まったく、参ったよ!


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