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▼Fujigoko.TVデータベースより、60件見つかりました。
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富士山から湧き出る地下水。休日になると遠く東京から水を手に入れに来る人もいる。現在は周辺企業の取水の為か涸れている。 |
今から約800年前、将軍源頼朝は天下にその威を示さんと富士山北麓に雄大な巻狩りを行ないました。 その際、道に迷い渇きに苦しむ勢子のため、頼朝は神に祈りつつ大地に杖を突きたてるとそこから水晶のように澄みきった冷たい水がこんこんと湧き出したといわれました。これが「泉瑞(せんずい)」の謂われです。 近くの「中の茶屋」で井戸を掘るまでは、知る限り富士山頂に一番近い水源でした。 |
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不動湯と同じ水系と思われる杓子山の湧水。岩の間から湧いている。 |
杓子山からの湧(ゆう)水を活用。地下水に比べて硫酸、塩素、カルシウムなどのイオンが5―7分の1と少なく、やけどや切り傷など、特にアトピー性皮膚炎によく効くといわれる。 水温約10度の源泉を飲めば、肝臓やじん臓にも効果があるとされる。 湯治客だけでなく水を汲む人の行列が絶えない、富士吉田市の隠れた人気スポットです。 |
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日本の気象観測の象徴ともいえる富士山レーダーは、気象観測の大切さを広く知ってもらうための展示施設として、ここ富士吉田市で第二の人生を送っています。 |
昭和30年代、日本は度重なる大型台風の上陸により甚大な被害に見舞われていました。富士の山頂に気象観測施設を設置すれば、レーダー探知半径が広がり、南方洋上から接近してくる台風を早期に発見できるようになる。標高3,776mの富士山頂にレーダーを設置することは、気象関係者にとって永年の悲願でした。 昭和38年(1963)6月、富士山頂への気象レーダー建設に着手したものの、工事は困難を 極めました。標高3,776mという史上例のない高地での大規模工事、そして乱気流 が渦巻く世界有数の危険空域・富士山頂への巨大ドームの空輸・・・。しかし、関係者の情熱と使命感は次々と起こる問題や難作業を克服し富士山レーダーを完成へと 導きました。 昭和39年(1964)9月10日、ついに念願の富士山レーダー完成。翌昭和40年(1965) 3月からは本格的な運用を開始し、「台風監視の砦(とりで)」として日本の空を休みなく見つめ続けてきました。台風をいち早く察知し、天気予報や災害防止にその威力を発揮した富士山レーダーは、気象観測技術の発達とともに台風監視の役割を気象衛星や新気象レーダーに引き継ぎ,平成11年(1999)11月、35年間の観測業務の幕を静かに閉じました。 |
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富士吉田歴史民俗博物館附属施設として富士山とくらしを知る四つのゾーンに分け学芸員が訪れた個人・グループ・団体の方々のタイムスケジュールに合わせて案内してくれる。山梨県指定文化財。母家が江戸時代中期、離れが明治時代の建物で貴重な資料が多数。 |
2008年4月から一般公開され、ガイドの案内も付く。 富士講の盛んな時期、富士登山は御師の家に泊まり出立していった。すべての広間は97畳ある。
御師とは、神主の資格を持ち、富士信仰を広めながら、登拝者を泊める宿坊を経営する職業。 |
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1、からだを整えるスペースとしてご利用ください ○「からだを感じるじかん」〜あわ〜小俣さおり 慢性的なからだの緊張をほぐし、こころの緊張も解いていく方法
○「GLA 関節調整」遠山直子 3つの大切な首(足首・手首・首)をゆるめることで からだ本来の動きを取り戻すメソッド
2、イベント開催 発信したいことをまつやの空間を使い発信していきます
3、貸しスペース 「まつや倶楽部」 まつやの空間を使って、自分のやりたいこと、伝えたいことをやる。 そんな仲間の倶楽部です。 まつやの のんびり ほっこり な空間とともに、お楽しみください。 |
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富士北麓の森の中、一年中たえることなく葉をつける針葉樹林に囲まれた「身近なリゾート」を味わえるホテルです。 |
悠久の自然とおもてなしの笑顔が満ちあふれる当館には、豊富な会議・研修専用フロアと最新の機器を備えた専用施設がございますので、団体のお客様のニーズに合わせて様々にご利用いただけます。 また、都心からも近い富士北麓のさわやかな自然の中には、みどころいっぱいのレジャースポット、富士急ハイランドを始めとする修学旅行や学生団体の旅行に最適な観光スポットにも近いので、移動に時間をかけずに楽しめます。 |
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富士吉田市の大きなホテル。2万坪の庭園があり、温泉も大好評。琴の生演奏で出迎え、広々とした日本庭園と富士山を展望できる大浴場あり。 |
「水と緑と太陽」をテーマに、大自然の中の最高の設備で心に残るおもてなしをモットーとし、いつまでも心に残る結婚式のお手伝いを。 泊まって良かった、また来たいと言う満足度・喜びの提供をコンセプトにしています。 |
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企業経営トップセミナーから新人社員研修まであらゆる宿泊研修のご要望におこたえします。 |
富士山を間近に仰ぐ広大で静寂な敷地と、完備された研修宿泊施設、行き届いたサービスはあらゆる形態のご利用にもご満足いただけます。 ビジネスでのご宿泊や一般の方のご利用も可能です。また、日帰りでの会議にもご利用いただけます。 |
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レジャーにビジネスにあなたの拠点にご利用ください。 |
2019年3月リニューアルオープン。当ホテルはきっとお客様にご満足いただけるくつろぎのスペース。快適さと安全性も考慮しました。ビジネスでのご宿泊に、観光めぐりに、みなさまのご利用をお待ちしております。 連泊でご利用いただけるお客様には、割引対応もしていますので、お気軽に問い合わせ下さい。 |
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インターネット無料、ベット全室セミダブル使用、河口湖インター、富士急ハイランド近く大浴場、露天風呂”のあるビジネスホテル。 |
マイクロバブル露天風呂のあるビジネスホテル。 岩盤浴・サウナあり。 (フード・ドリンク・アルコール)レストラン併設。
ビジネスホテルご宿泊者様は、日帰り温泉「泉水」ご利用無料(岩盤浴は有料)。併設。 |
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アトリエ教室・クレイ&アロマセラピーサロン・スウィーツ教室を行っております。 |
アットホームな雰囲気の中、楽しく嬉しくなるような作品を一緒に作りませんか? 旅の思い出に、手作りスウィーツ体験も楽しいですよ。 クレイ&アロマセラピーサロンでは、自然の力を借りて、心と体を癒します。
完全予約制なので、お気軽にお問い合わせ下さいね♪ |
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浴壁・浴床に、富士山溶岩素材を使用し、また最先端テクノロジーを駆使したマイクロバブル水を使用しています。 全国初となるマイクロバブル露天風呂は、全国湯巡りファンの皆様からも注目され、ご好評いただいています。 |
「富士山溶岩の湯 泉水」のお風呂・飲料水は、富士山の湧水を使用しています。この富士山の湧水には、天然ミネラル成分として”バナジウム”が含まれています。バナジウムは、富士山に降った雪や雨が玄武岩層の溶岩の地層を数百年もの長い歳月をかけて通り抜ける際に地下水に溶け出したもので、健康の維持に重要な成分として注目されており、まさに富士山溶岩の恵みといえます。
「はなの舞」富士吉田店では、海の幸、山の 幸など四季折々の旬の食材をご提供しております。 ランチ、お食事、お飲み物・デザート、お子様セットなど豊富 なメニューをご用意致しております。 ご家族連れ、グループ、ご宴会など幅広い用途でご利用くださ いませ。 |
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有機EM野菜、天然酵母パン、無添加菓子、手作りせっけん、など。 |
ランチは月替わりで、富士宮焼きそばセットや各種スープがある。 |
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本殿の北側にある「かつらの木」は、根廻り13m、樹高28m、枝張東西15m、南北14m、樹齢600年と推定。 |
社伝によると人皇第五十代桓武天皇の延暦十二年、征夷大将軍坂上田村麿が東征の折り、此の地より、遙かに秀麗なる冨士の山容を拝し戦捷を祈請、数々の苦難災いを断ち四年にして大勝のうちにその功業を収めたので神護を謝し社殿を草創したという。時に大同二年(皇紀一四六七年・西暦八〇七年)の昔である。
由来当神社への崇敬は武士、庶民の間に洽く篤く、中世は武田家の祈願所として尊信あり。
古くは上吉田及び松山三村を含む富士山北口登山道沿線の産土総鎮守(土地の守り神様)です。
「後に各村で浅間明神を一祠に祭るが、今も猶上吉田には子生まれて百日の後社参するに、先ず下宮へ参詣す」と「甲斐国志」に記されています。
当神社の社号は、最も古い記録では「宮」と記され、時代が下り近隣各村で浅間神社が祀られるようになると「下宮浅間神社」「富士下宮浅間宮」と呼称されていましたが、明治期に入り現在の「小室浅間神社」と改称されるようになりました。
「小室」とは、そこに神霊が常在するの意で、浅間信仰中独自の位置づけを持つものであり、その侭山の神、田の神信仰及び氏神信仰と重層する形で、当神社への崇敬が展開されてきたところに年間の諸祭祀が位置づけられています。
又、市内の中心に位置するところから、年間の諸祭事に参詣者多く愈隆昌のうちにある由緒深き神社であります。 |
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音楽・芸術などの大殿堂であり、市民会館は各種講座・講演会などの開催の場として広く市民に利用。 図書館 現在蔵書量:13万冊、学習室あり。 |
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富士北麓(富士吉田・河口湖以西)の富士山八合目下に見られる雪の鳥の形。 |
通常は農作業の始まる季節(春4月〜5月)に出現する。 標高2,600mから2,700mにかけて現れ、鳥の形をしていることからこう呼ばれ、富士吉田市や河口湖町の人たちは昔から農鳥の現れる時期によってその年の天候や吉凶を占った。 かつて1月中に現れると凶作になると言われた。現在ではこの地方の春を告げる風物詩となっている。 |
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富士山麓を拠点に「自然と人との共生」をアピールした施設。 |
自然観察路、展示室等があり、動植物の生態や、溶岩樹型などの自然観察とゲームセンターを思わせるような室内で、子供たちは楽しく環境を学べます。 |
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富士山麓の歴史や民族資料。富士吉田市を中心とした資料多数。 |
膨大な資料、民具、古文書の展示。博物館周囲には付属施設として文化財指定の住宅が復元されている。 ・富士山の信仰 ・地域を支えた産業 ・富士吉田市の歩み ・日々の暮しと祭り 博物館活動を通した社会教育の場として活用されることを目的としている |
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富士山登山案内人(富士吉田市公認)を務める近藤光一さんのHP |
1997年より富士山登山案内人を務める。夏の登山シーズン中、主に大手旅行会社のツアー登山者を、約40回以上頂上に案内している。 頂上を目指す観光型登山のみならず、麓からの里山型登山まで、自然財産を守りながら人と自然が共生することの大切さを伝えることと、登山の安全管理を活動理念とする「富士山登山学校」を今年10月に設立。 「富士山は未来の子どもたちからの借り物である。今よりも良い状態で引き継いでいきたい。」そのために、富士山の観光と環境の調和を目的とする旅を提案、実践するコーディネーターとして活動していく。 |
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富士吉田西裏にある立派な建築物。贅を尽くした構造物は一見の価値あり。 |
1928年(昭和3年)に建築され、当時甲斐絹の織物の町として栄えた富士吉田市で接待をする高級料亭として使用されていた。1943年に廃業し、その後1945年から現在の施主の祖父が初代院長として角田医院(1986年移転)を開業し、地元の診療を行う場となった。
外観は神社仏閣のような造りであり、雨戸などにも彫刻が施され、通りから覗ける部分だけでもその姿は異彩を放つ。延べ床面積340平方メートル、二階部分は料亭当時の雰囲気を残しており、障子や襖の寄せ木細工風の松風菱などの細工に目が奪われる。天井は漆塗りの二重格天井で古い照明が下がっている。また、立派なイチイの木の床柱があり、正面には山梨中央銀行(当時第十国立銀行)から送られた中村不折の大きな書が目を引く。部屋の反対側には忠臣蔵の一場面、撞木町で遊びほうける大石内蔵助のシーンが再現された彫刻がある。
一階部分は診療所と使われていたが、大きなケヤキの一枚板を使用した玄関は往年の風情を忍ばせる。また玄関入り口の鯉をあしらった彫刻など立体的な造形は心奪われるほど見事。ちなみにライオン宰相として有名な濱口雄幸首相がその場で書いたといわれる書もある。
とにかく、芸術文化に乏しい富士吉田の中でも異彩を放つ物件であることに間違いはない。 |
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飛騨高山の重要文化財建築物「日下部住宅」をモチーフに"町屋造り"を再現し、伝統工法を駆使した釘を使わない梁組みが特徴です。 |
木々の織り成す和の調べの中で良質な天然温泉を存分にお楽しみ下さい。温浴棟は延べ面積約1,000uあり、中でも天井高12メートル、100坪を超す”純木造浴室”は日本一の大きさを誇ります。木材はケヤキ、ヒノキ、マツを使用、メインとなる柱は樹齢200年超と言われる直径60センチのケヤキを使用しております。
泉質 マグネシウム・カルシウム・ナトリウム-炭酸水素塩・硫酸塩・塩化物泉 ※炭酸カルシウムも多く含まれ、入浴後には肌にすべすべ感が残り、温まる泉質です。一般的には炭酸水素塩泉と称します。
効能 神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、打ち身、くじき、慢性消化器、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、きりきず、やけど、慢性婦人病 など・・・ |
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中央道河口湖インターより山中湖方面に国道139〜138号線を経由し約10分 |
話題のバナジウムを含む富士山の地下水が自由にお持ち帰り出来ます。 また軽食コーナーには富士吉田の名物「吉田のうどん」もあります。 |
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創業安政三年(西暦1856年)木々に囲まれてる、アトピー皮膚病に効果が、傷の治りが早かった、肌がスベスベした等の声。葭池温泉前駅より踏み切りを渡って近く。 |
創業安政三年(西暦1856年)木々に囲まれてる、浴室は梁の見える高めの天井湯船は深めの階段状で滑り止め加工。アトピー皮膚病に効果が、傷の治りが早かった、肌がスベスベした等の声。かまどで沸かした湯。葭池温泉前駅より踏み切りを渡って近く、高速バス下吉田バス停も近い。休憩室に七福神、鉄刀木(たがやさん)のテーブル、アンマ機等が在り、四季折々の草花が飾ってある。吉田のうどんも食べられる。 |
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垂仁天皇の御代、救命をもって火山鎮護の神、木花開耶姫を祀ったのがはじまり。 |
延暦7年創建。老杉のうっそうと茂る杜には荘厳華麗な本殿と東宮、西宮本殿(三殿とも国の重要文化財)や60年に1回建て替える朱塗りの大鳥居、巨大な杉のご神木(天然記念物)などを拝している。
景行天皇40年(110年)、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東方遠征の折に富士山を遥拝したのに始まるといい、また垂仁天皇の代に、富士山の大噴火を恐れる人々の心を静めるために勅令をもって火山鎮護の神、木花開耶姫を祀ったとする説もある。延暦7年(788年)、甲斐守紀豊庭が現在地に社殿を造営した。
元和元年(1615年)、谷村城主鳥居土佐守成次が現在の本殿を建立、貞享5年(1688年)に社殿が造修された。一時荒廃していたが、享保年間になって、富士講の行者であった村上光清が私財をなげうって再興し、以後、富士信仰、特に富士講の参詣者を集めた。 |
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須走口登山道新5合目から簡単ハイキング。20分で往復できる。 |
富士登山が厳しい人向け、展望が素晴らしい。須走口五合目から徒歩10分で到着するお手軽ハイキング。その割に眺望は素晴らしい。山中湖・富士吉田市・河口湖の夜景。満天の星空・天の川に流星群。登山と言うより、天体観測向けかも? |
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職人の方や商売繁盛に地元の人が訪れる神社。富士山奥宮は金運神社として有名。 |
祭神 大山祇命・天照大神・木花開耶姫命。 毎月17日は例祭があり、神官からお祓いを受ける事が出来る。 また、毎年10月17日10:00〜例祭があり、商売繁盛の神として地元で信仰されている。 杜そう林は雁の穴溶岩流の上にあり、富士北麓東部の代表的落葉樹林で極めて貴重(自然記念物指定)。
別に小御岳杜もある。 |
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杓子山の湧水。アトピーに効果があるといわれ水汲みの人が絶えない。 |
杓子山からの湧(ゆう)水を活用。地下水に比べて硫酸、塩素、カルシウムなどのイオンが5〜7分の1と少なく、やけどや切り傷など、特にアトピー性皮膚炎によく効くといわれる。 水温約10度の源泉を飲めば、肝臓やじん臓にも効果があるとされる。 湯治客だけでなく水を汲む人の行列が絶えない、富士吉田市の隠れた人気スポットです。 |
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一面ススキ原の北富士演習場内を駆け巡る(編集あり11分)自衛隊施設内のため、普段は立ち入り禁止です。 |
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