第六章


曽根社長の告白

 クリエイトはもう活動をしていない。
クリエイトの社員は本来の所属であるイーストに戻って行った。だからといって何の解決にもなっていないことは事実である。
イーストに戻ったとしても未来は無いのである。

 1997年1月17日。
私は事実をあまり知らないであろう、イーストの友人社員2名を私の事務所に呼んだ。もちろん、一緒に曽根社長も…。
事実と現状をイーストの社員にも知ってもらい、判断を促したかったのだ。
やってきたのは、曽根社長大谷部長、加藤課長の3名。そして、私を含めて4名で話し合いを持った。
 まず、私は彼らに木藤専務が記述した隠岐会長の悪事の書いてある用紙のコピーを見せた。このコピーは私達が白須さんの部屋で会合しているときに木藤専務に書かせたものだ。
あの部屋…、白須さん宅で会議をしているときに隠岐会長から電話があった。この電話から隠岐会長と私達は敵対関係となったのだが、木藤専務も信頼できない。
そこで、木藤専務に隠岐会長の不正を記述させ、書いてある事が間違っていない旨の念書を取った。つまり、第3者が隠岐会長の不正を認めた最初の証拠品である。
曽根昭 イースト社長
 曽根社長は私の調べた報告を黙って聞いている。
大谷と加藤は時々私と社長に質問を交えながら聞いている。
・イーストが隠岐会長の下に移行する話。
・その時、土下座した話。
・経営指導料とマージンの搾取。
・それでも何もしようとしない曽根社長と木藤専務。
・クリエイト設立の目的。
・現在のイーストの状況。
一通り、金の動きまで説明を終えると、加藤課長が「社長、あんたバカじゃないの?」と言った。
大谷部長は、おおよその事を知っていたので、さほど動揺はしていなかった。加藤課長は出向がメインなので、あまり事情を知らなかったのだ。
大谷部長は、「和田から聞いていたより悲惨な状況じゃないの?」と社長を見た。
加藤課長は、「どうして何も行動を起こさないの?」と社長を見た。
私は、「ここまできたら彼らに説明するべきじゃないの?」と社長を見た。

 3人の注視の中、しばらく沈黙が続いた…。

「僕は皆さんに迷惑をかけないように一生懸命でした…」
「1億円にしても隠岐は1円も救済してくれなかった…」
「あれは恐喝だ…」
「でも、お金が無くて弁護士も何もしてくれない…」

 まるで子供のいいわけだ。こんな弁明を聞きたいのではない。
大谷も加藤も呆れ顔になっている。
それを察した私は曽根社長の喋りを止めた。
「社長、ここで情けない話をしてもしょうがないですよ。迷惑かどうかなんて皆、結果で判断するから…」
「私達が聞きたいのは、これからどうしたいのか?そのためにはどうするのか?でしょ?」
「まぁ、社長がこのままで良いと言うなら話は別だけどね」
 私は自分の身の振り方を決めていたので気が楽だ。しかし、大谷と加藤の事を思うと何とかして欲しいとも思ってしまう。
だからこそ、大谷と加藤に隠岐会長と曽根社長の本当の姿を知ってもらいたいと思った。
大谷と加藤は上司と交わるのが下手だ。いや、イーストの社員に上手な人は居ない。
私は、彼ら上司と飲む酒の席が面白くなくても出席するように大谷と加藤には話していた。しかし、イースト社員の社長嫌いと木藤専務嫌いが根底にあった。
 社員というのは、そのような存在なのかもしれない。私や湯川が特別で、首を突っ込みすぎているのかもしれない。
まぁ、そんなことはどうでも良い。私も湯川も方針をある程度決めていた。
問題はイーストのメンバーだ。それを率いる社長の器だ。実務上の責任者である大谷と加藤の考えだ…。
しかし、せめて大谷と加藤には隠岐会長の下では搾取されつづけるという事実を知って欲しかった。
三島真一 イースト社長
 「現在のイーストは三島社長が大きな顔をしている」と大谷が言った。
「曽根社長は名誉社長だと思っていた」と加藤が言った。
…私がクリエイトに籍をおいていた間にイーストは変わっていたようだ。
誰も真面目に仕事をしていないようだし、上のやる事は無関心を装っていたようだ。
唯一、三島社長が隠岐会長の命令で張切っていたらしい。それをイーストの社員は傍観していただけのようだ。
つまり、イーストの社員も憂鬱な日々を経験していたのだ。
ただ、真相の追究を怠っていた。
私に彼らを批判する事は出来ない。私も同じような体験をしたからだ。
しかし、ここで大谷と加藤は事実を知った。曽根社長も涙ながらに事実を認めた。特に土下座の場面では声を詰まらせていた。

 「和田はイーストをどうしたいの?」
加藤が重苦しい雰囲気を裂くように私に質問してきた。
「私はイーストをいつでも見限れるよ」
「和田はイーストが良くなると思っていないんだ?」
「ああ、駄目でしょう…曽根社長もこんなに情けないし…」
「そうか…それでも、僕はイーストが潰れるまでいて結果を見てみたい気もするなぁ」
大谷圭吾 イースト技術部部長 すると、今まで黙っていた大谷が喋った。
「和田は1人でもなんとかなる才能があるから良いけど、残った社員は大変だろ?」
「いいんじゃない?今まで何もしてこなかった社員が悪いんだよ」
「確かにそうだけど、もう少しイーストに協力してみない?」
「実際問題として疲れたよ。吉田さんの例もあるし、とにかく行動を起こさない社長相手じゃ駄目だろうね」
「俺達は会社の事に無関心だったよ。でも…社長の発言で状況がわかった。俺達にとっては今からがスタートなんだけど?」
「そう?私にはゴールが見えたけどね…」
「多分…和田の事だから会社を辞めて次の事を考えていると思うけど、協力してくれよ…」
 私達は隣でシュンとしている曽根社長を横目で追いながら、しばし意見を言い合った。
いつのまにか、体質改善委員会のパターンになっている。
私は厳しく否定的な意見を言い、大谷は柔軟路線だ。おそらく、大谷も理解している。時々目で合図を送ってくる。
 「とにかく、こんな社長じゃ駄目でしょう…」と私が言うと、加藤が「じゃ社長、社長を辞めてもらいます?」と言い、笑いとともに一通りの区切りがついた。
曽根社長はまだ黙っている。再び会話が途切れた状態になった。

 「いつまでも黙っていてもしょうがないでしょ?何か言いたい事ありますか?」
沈黙に耐えられなくなって、私が曽根社長に意見を求めた。
「和田君は会社を辞めるの?」
「ええ、辞めますよ。まだそんな小さな事を気にしているようじゃね」
「そうなんですか…社長を辞めちゃおーっかな…」
曽根社長は少し伸びをしながら言った。
「また馬鹿なことを…大谷と加藤もわざわざ来てくれているんですよ、もっとマシな事を言えないんですか?」
「ゴメンネ、みんな怒った?」
全く、社長って人は…もう少し付き合ってやるかぁ…。

・会社経費でも良いから弁護士を雇う事。
 会社を奪取できれば経費なんてどうにでもなるため。
・株式を譲渡したときの状況を弁護士に正直に話すこと。
 51%の譲渡は法的に適性か、恐喝の可能性は無いか?
・木藤専務を信用しない事。
 曽根社長の言動は隠岐会長に漏れるし、ロクな意見しか言わないため。
・大谷に何でも相談する事。
 曽根社長の判断では間違いが起こるため。
・会社の実印を何とかする事。
 隠岐会長は実印で好き放題しかねないため。

 だいたい以上の事を曽根社長に確約させ、大谷と加藤は帰っていった。
「和田ぁ、曽根社長を頼むぞ…飲みにでも連れていってあげて」と言い残しながら…。
曽根社長は私の事務者に1泊していく事になった。大谷と加藤は飲み代も置いていった。
「さぁ社長、飲みに行きますか。今日は皆のおごりですよ」

 またまた、こんな役目を引き受けてしまった。
引き受けてしまったが、私の本心は変わっていない。私と湯川の役目は大谷と加藤に移ったのだ。


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