第六章


運命の日

 1996年12月、私はクリエイトの役員を降りた。しかし、相変わらずイーストからクリエイトに出向に行っている待遇だ。湯川もそうだ。
隠岐会長は私が役員を辞職した事を大げさにとらえていない。おそらく木藤社長が適当な事を言ってごまかしたのだろう。
だが、私が内容証明郵便を木藤社長に送ったときに、木藤社長は隠岐会長に「どうしましょう?」と相談したらしい。隠岐会長は「内容証明郵便が来たってことは手続きをしないとまずいよ」と木藤社長にアドバイスしたようだ。
隠岐紀和子 ニュートラル社長(隠岐婦人)
 12月27日。1996年最後の会社出社日に忘年会が行われた。イーストには忘年会もボーナスも無かった。クリエイトではボーナスが0.5ヶ月分出た。
さて、クリエイトの忘年会には、隠岐会長夫妻をはじめ社員が全員集まった。総勢15名ほど。
まず、隠岐会長が「来年はクリエイト発展の年です」などという挨拶から始まり、隠岐会長夫人が簡単にコメントをした。
このとき、私はアルバイトの白須順子さんと目が合った。この悪人達が…というようなアイコンタクトだった。
私は忘年会の最中、ずっと隠岐会長に調子を合わせていた。
私と湯川が翌日重大な決断をするとは誰も思っていないだろう。隠岐会長は彼自身の計画が終了しかけているのか、終始ご機嫌だった。
木藤社長は隠岐会長をヨイショしながらも、ご機嫌だった。今日がクリエイトの最終業務になるとは思ってもいないだろう。
そして私と湯川も、これから起こる事態を想像していなかった。
忘年会の最中、クリエイト崩壊が今日だと知っているのは神様だけだった。とにかく、この瞬間までクリエイトは未来がある会社だと錯覚したかのような雰囲気だった。

 忘年会も終わり、私と湯川と木藤社長、それに数人は揃って2次会、3次会に繰り出していた。
すっかり酔った私達は、会社のある、あすかビルに戻ってきた。私が東京に来るときに使用しているマンションの部屋があるからだ。この部屋は普段、営業部の倉庫としても使用している。
この日マンションに泊まった人は、私と湯川と木藤社長、それに私の地方営業所の部下2名。
9階にあるマンションの1室に入ると、各自それぞれ床に入り眠りについた。

 翌日28日、運命の日…。

 昼過ぎに目覚めると、私の部下2名が「僕達はこれで帰ります」と地方に帰っていった。
残されたのは、私と湯川と木藤社長。
そこで私と湯川は、「隠岐会長の不正に我慢できない」と木藤社長に話を振り、私達が知っている情報と木藤社長の情報を照らし合わせた。
木藤社長は隠岐会長の悪事をペラペラ喋り、「どうしよう?」なんて言っている。本当に「どうしよう?」なんて思っているのだろうか?
とにかく、今日という今日は木藤社長の決断を知りたい。単なるカメレオンか、きちんとした考えがあるかだ。
 私も湯川も木藤社長がうなだれるほど説教をした。私達が言う事は全て事実なので、木藤社長も反論が出来ない。
昨夜の忘年会で発表された、クリエイトの決算書の決算は+70万円だ。経営指導料と販売手数料で、売上のほとんどが隠岐会長の会社に吸い上げられている。
私達は隠岐会長のために働いているのか?木藤社長はそれでも良いのか?ってことだ。
「以前、話したっけ?俺も2,500万円借金したよ」と木藤社長がつぶやいた。ここに判を押せ!と、隠岐会長に脅かされ印鑑を押したようである。また、木藤社長はイーストでも借金している。
「馬鹿じゃないの?この先それでいいの?」

 隠岐会長は人の弱みを良く知っている。
曽根社長のときもそうだった。彼の会社を救いたいという弱みに入り込み、借金の肩代わりをするふりで曽根社長の自由を奪った。しかし、隠岐会長は1円も金を出していない。巧妙に会社の借金を曽根社長に移し変えただけだ。
東海林社長、南山顧問三島社長、の場合もそうだ。何らかの事情がある人を見つけ出し、会社の役員か社長にならないか?と話を持ちかけ、自陣に取り込む。そして、もう少し金を出せば会社は君のものだと誘い、借金をさせる。そして、気がつくと隠岐会長の言うなりになっている。
木藤社長もそうだ。いや、私や湯川もそうだったのかもしれない。
しかし、目の前で同じパターンを見続けると学習能力ってのが出てくる。木藤社長には無いのだろうか?

 「今から隠岐会長の処に行って、クリエイトの株式保有を30%にするように交渉に行ってください。そうしないと私達はクリエイトを辞めます」と木藤社長を脅かした。30%の根拠は、私達、もしくは私達に協力してくれる人に株式の負担金を200万円と想定していたからである。この話も内密に進んでいた。
哀れにも木藤社長のカメレオン体質は遂に、私達と隠岐会長の両方に脅かされるという逆カメレオン状態になった。
私と湯川にとって30%の問題はどうでも良かった。どうせ隠岐会長が断るだろうと思っていたからだ。
 隠岐会長の部屋はこのマンションにある。別宅だが、昨夜飲んでいるだろうから、ここに居る可能性がある。
ここで木藤社長が交渉に行けば、少しは彼も見込みがある。少なくとも、問題意識がある。
私達はグズグズしている木藤社長を焚きつけ、交渉に行かせた。

 30分後、木藤社長が真っ青になりながら私達のいる部屋に戻ってきた。
「おい、とんでもない事を言われたよ」
どうやら隠岐会長は会社の方に出社していたようである。
「会長は、いいよ、私は降りてやる。そのかわり、4,800万円払いなさいと言うんだ」
「なんじゃ、そりゃ?」湯川が少しムッとしたように言う。
「隠岐さんが言うには、クリエイトは4,800万円の借金があるから、それを支払えば会社から手を引くんだと…」
要約すると、クリエイトはDrawingの研究開発に4,800万円注ぎ込んでいるという言い分らしい。
そして、その開発費はイーストから借用していると言うのだ。つまり、私はイーストから資金を貰ってDrawingを開発していたという事なのだ。その開発費が4,800万円…。
「クリエイトに4,800万円の負債があって、君らが居なくなったら俺はとんでもない事になるよ」と木藤社長は半泣き状態だ。

 「クリエイトに4,800万円の負債があるわけが無いでしょ?木藤さんは騙されて帰ってきているんだよ」と私は諭した。
隠岐敬一郎 センチュリー社長&イースト会長&クリエイト取締役隠岐会長はDrawingの開発費を都合の良いように解釈しているのだ。
そもそもクリエイトには社員は居ない。私達もイーストからの出向だ。しかも鈴木建設との契約上、イースト以外でDrawingの開発をしてはいけない。
隠岐会長は特許を盾にとって、クリエイトでのDrawingの開発・販売を鈴木建設に認めさせようとした。認めなくても私に類似品を作らせて、これはDrawingじゃないと言って商売をする気だったのだ。
だが、私は仕事をする事を拒否してきたので、Drawingらしきものは存在していない。
 話を戻して4,800万円…。
実際には、私の事務所内の給与も家賃もイーストから支払われていた。それを帳簿上でクリエイトから捻出したように見せかけたのだ。つまり、イーストから給与等の金を借りていることにすれば良い。もちろん、隠岐会長はイーストに金を返す気など無い。
 しかし、手続き上の話にしたって私はイーストの社員である。
隠岐会長が都合の良い考えをするなら私もだ。
つまり、私はイーストのためにDrawingの開発をしていたのである。だから開発費というものが本当にあるのなら、イーストが支払っている事になる。
もちろん、完成したらイーストのものだ。クリエイトは一切関係ない。隠岐会長はDrawingが自分のものと思っているようだが、実際は違う。隠岐会長はDrawingの奪取に失敗している。
従って、4,800万円の開発費をイーストから借用していると言っても筋が通らない。人が居ないはずのクリエイトに開発費が必要なわけが無いのである。

「子供の遣いより役に立たないね」と湯川が木藤社長に言った。
木藤社長は根拠の無い話に青くなって帰ってきたのだ。
私達の話を聞いて木藤社長は、「そうか、そうだよな…」と安心したようである。
「ところで、隠岐会長にどこまで話したの?私達が会社を辞めようとしていることも話したの?」と、私は木藤社長に確認した。
「そんなことは言っていねぇ〜よ」と木藤社長は言っているが信用できない。

とにかく、これでクリエイトはどうにもならないなと判断するには十分だった…。つまり、私達の出資した株式は捨てるしかない。
白須さん
 木藤社長も白須さんを知っている。もちろん、隠岐会長も。
私と湯川は、「今から白須さんの処で相談がある」と木藤社長に告げ、「参考のため話を聞きに来る?」と言い、木藤社長も誘った。
本日は白須さんの家に行く事になっている。木藤社長にも腹をくくるチャンスをあげたかったのだ。

 私達は白須さんの自宅に向かった。隠岐会長の下を離れる決心がついたことを報告するためだ。
別に木藤社長が一緒だろうと問題は無い。自分の置かれている状況を考えるのにも良い機会だろう。
白須さんに会い、私と湯川は会社を設立するつもりだと相談をしているときだ。突然、白須さんの家の電話がなった。
娘の順子さんが電話に出ると、彼女は受話器を手でふさぎ、声を出さないけど大きな口で、隠岐会長から…と合図を送った。
白須さんの家中が凍りついた。何故?このタイミングで電話が鳴るのだろう?
私は木藤社長の顔を見た。木藤社長は俺は知らないよと言う仕草で、顔の前で手を振った。
 白須さんが電話に出てしばらくすると、白須さんは怒ったように、「あんたは何を言っているの?」と受話器に向かって怒鳴った。
10秒ごとに、「あんたは何を言っているの?」と聞こえる。その間、私達は黙っていた。
最後に、「はいはい、あんたは酔っているんでしょ?」と言いながら白須さんが受話器を置いた。

松本公認会計士 隠岐会長は酔っていたようである。メンバーは隠岐会長のブレーン達。
白須さんの話では、白須さんが全て影で操っていると言われたようである。隠岐会長に、「俺は何でも知っている。皆そこに居るんだろ?」とも言われたようである。
また、「現在、事態の収拾を考えて仲間(三谷弁護士と松本会計士)と相談している。しかるべき措置を取るから覚悟しておけ」とも言われたようである。
 いったい、どこから情報が漏れたのだろうか…?
私は、「木藤さん、さっき隠岐会長に何も喋っていないよね?」と問いただした。
「俺は何も話をしていないよ…あっ、そう言えば、ペンチを取りにマンションの部屋に行ったと言っていたなぁ…」
すると湯川が、「私は鍵を掛けるのを確認したよ」と言った。

 憶測の流れる緊張した時間…真相はわからない…。

 とにかく、全ての情報が漏れているようである。そして、ブレーンを集めて緊急会議を行っているようである。
「もしかして、あの部屋には盗聴器が?」…一同、シーンとなった。隠岐会長ならやりかねないのだ。
木藤社長も信用できない。あの時、話し合いに行った時、何を話してきたのかわからないからだ。
この日、私と湯川は長かった腐れ縁から木藤社長を考えから外した。

 しかし、すっきりした。情報が全て漏れているのなら行動もしやすい。と言うより、嫌でも行動しなければいけないだろう。
機会を見て徐々に会社を辞めようという私達の計算は一気に加速した。今日が反攻の日だったとは思いもよらなかった。
隠岐会長のしかるべき措置とは何だろう?
キーはDrawingだ。隠岐会長の手に落ちてはいけない。私と湯川にとっても今後のキーにもなる。
私は急いで地元に帰り、Drawing関連の一切を保全しなければいけない。
明日は忙しい1日になりそうだ…。


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