第四章


吉田専務排斥

吉田賢治 イースト専務 後に吉田部長が専務に昇進した理由は先に書いた。
繰り返すと、「役員になるとクビにできるから」だ。このとき、吉田部長は、一旦退職という方法を取り、役員になった。
その後、吉田専務は東海林社長に隠岐会長の不正を聞くに及んで曽根社長を説得し、雇い入れた弁護士と供に隠岐会長のところに折衝に行った。
ところが、隠岐会長には相手にしてもらえず、後年そのときの話を隠岐会長は自慢話の種にもしていた。
「あいつらが弁護士を連れてきたけど、俺の知識の前に怯んでいたよ。俺は弁護士より偉い」という自慢話だ。
この事件を契機に隠岐会長は、本格的に吉田専務を排斥したいと考え始めたふしもある。
 以前から隠岐会長は吉田専務を排斥したかった。隠岐会長が吉田専務をクビにしたい理由はこうだ。
隠岐会長は競争主義が好きだ。この考えは私とも一致している。
しかし、吉田専務は平等主義だ。これが気に入らないらしい。
隠岐会長は事あるごとに、「吉田君のような、K産党は気に入らない」と木藤専務と雑談をしていた。それは当然私の耳にも入ってくる。
だが、吉田専務は変わってきていた。少なくとも変な平等主義から脱出し、イーストを本気で再生する方向に変わっていたのだ。
ところがその矢先、隠岐会長の不正を知るに至って、隠岐会長との溝は縮まらなかった。
もともと吉田専務は正義感が強い性格なので、状況を分析して行動する過程を飛ばして走り始めてしまったのだ。
そして、曽根社長と一緒に行動に出てしまった。

 ところが、そんな吉田専務の行動を、ありがたいと思うべき曽根社長は、弁護士と一緒に行動した事を後悔し始めた。
曽根社長の悪い部分だ…。
自分の行動に間違いは無いと思いこむ変なプライドの持ち主である曽根社長は、吉田君のせいだと思ったようである。
因果関係をプライドのため分析できず、現状から過去の事実を曲げて解釈し、明らかな過去の事実を忘却させる性格…。つまり、絶対に俺は間違っていないに固執する悪癖だ。
そして遂には、誰々が悪い…という結論を導き出し、吉田君のせいになる。
隠岐敬一郎 センチュリー社長&イースト会長 一方、隠岐会長の方も吉田専務排斥に向けて手を打ち始めた。
それは過去の技術部売上に対する批判を社内に宣伝し始める作戦だ。
隠岐会長はイースト譲渡前に作成させた過去の決算書を引っ張り出し、過去の技術部の売上が如何にイーストの足を引っ張ったか?を誇張する報告書を作成した。もちろん、彼のブレーン達(松本会計士と三谷弁護士)も報告書作成に参加している。
また、日頃から吉田専務が言っていた、平等主義が如何に会社に害であるか?を報告書に加え、専務として失格だ!の結論に至っていた。
この報告書に基づき、隠岐会長は曽根社長と木藤専務を徹底的に恫喝し、震えさせるほど力説した。
 単純な曽根社長と木藤専務は、そうかイーストがこうなったのは吉田専務のせいだったんだ…と洗脳されたのだ。
繰り返し記述するが、曽根社長と木藤専務は自分のせいではないという誘惑に弱いのだ。
本当にこの調子でイーストを経営してきた事実は先に書いてある通りなのだ…。
 その証拠に曽根社長は私に、「吉田君にはコスト意識が無いね」とのたまうし、木藤専務は、「吉田君のようなやり方じゃ下の者の技術力が付かないね」とわかった風に言ってきた。馬鹿正直な木藤専務は曽根社長と供に隠岐会長に恫喝された事を私にペラペラ喋り捲る。そして、「隠岐会長はすごい人だ、曽根社長の比じゃないね」とも言う。
ようするに、私が一生懸命に吉田専務をフォローしても彼らには通じないところまで洗脳されていた。
一番わかっていないのは…あんたらだよ…と思うしかなかったのである。

 さらに隠岐会長の作戦は続く…。
彼は私と湯川を呼び出し、例の報告書を見せながら吉田専務の悪口を言い始めた。
しかし、私も湯川も隠岐会長を相手にせず、適当に話をごまかしていたので、「この報告書を社内の壁に掲示するよ、いいかい?」と聞いてきた。
何故?私達に同意を求めたのか定かではないが、私達は、別に良いんじゃないの?と答えたと思う。
とにかく数日後、イーストの壁には以下のような報告書が張り出された。

報告書1P 報告書2P

要約すると、
・脳内にモルヒネを注入されたような考えでは厳しい業界を生き残れない。
・隠岐が努力しようとも、足を引っ張る人がいるなら会社再建は厳しい。
・過去のイーストの決算報告(赤字体質に記述)。
・イーストの衰退は技術部にあり、社会主義的発想のもとでは衰退するのは当然である。
・吉田専務は、「イーストの現状売上が低いのは営業部にある」と言うが、実態は技術部が足を引っ張っている。
・役員の法的立場の引用と説明、社員の法的立場の引用と説明。
という内容だ。そして同時に社員総会で曽根社長に吉田専務の怠慢を発表させ、木藤専務がそれに賛同する…。

 以上の文章と行動によって、一部の社員も吉田専務がいけないと思わせるには十分な効果があった。
しかし、吉田専務にとって曽根社長と木藤専務、特に曽根社長が自分を批判し始めたのには思うところがあったろう。
曽根社長の性格を判断すれば、所詮そんな人だと気づくのだが、今まで曽根社長を啓蒙し「曽根社長に最後までついていく」と言っていた分ショックは大きかったと思う。
大谷圭吾 イースト技術部部長 そんな吉田専務も自分を秤にかけて、曽根社長に言い分を付きつける時が来た。
「自分が会社を辞めればイーストの社員はほとんど辞めますよ」という脅かしだ。
一方それを聞いた大谷部長は、「そんな無責任な言い分は無いだろう?」と反論していた。
何故なら、大谷部長は吉田専務が常日頃、俺は最後まで、イースト崩壊の日まで社員の面倒を見るという台詞を聞いていたからだ。
大谷部長はそんな吉田専務に協力してきたし、なによりイーストの事を真剣に心配していた。
私に誘われてイーストへ入社した大谷部長が、一番真剣に社員とイーストの事を心配していたのかもしれない。ここで吉田専務は大谷部長の信を失った。
曽根社長と木藤専務は吉田専務を見限り始めていた…。特に曽根社長は何が大切なのかを見失っていると思えてしょうがない。
隠岐会長に対抗する力は、社員が自分に振り向いてくれる結束力なのだ。

 隠岐会長の報告書が発表されてから2ヵ月後、吉田専務は辞表を提出した。
このとき一緒に辞表を提出したのは2名。まぁどちらも会社の役に立つとはいえない社員だが、この選択は正解なのかもしれない。
吉田専務は彼の技術力を買った某ソフト会社の専務として迎えられ、彼の引きつれる社員も受け入れる手はずとなっていたからだ。
通常なら技術力も無い彼ら社員は、相手にもされないだろうが、タイミングは良かった。このままイーストに残っても先が見えているからだ。
しかし、吉田専務は自分についてくる社員は多いと思っていたにもかかわらず、2名しか引き抜けなかった事実にがっかりしていた。本人はもっと人望があると思っていたようだが、実際は違った。彼には下から数えたほうが早い社員2名が付き従っただけだ。
曽根昭 イースト社長 この瞬間に大谷部長は本当に吉田専務に失望した。結局、責任を全うしなかったからだ。
曽根社長と木藤専務は、やっぱりなぁと口ずさんだ。
中国の時代小説で、間抜けな君主が他国の計略で優秀な軍師を離間された後に言う台詞の通りだ。
自分の問題で人材が去ったのに、その事実を歪曲して、「やはり、あいつは謀反をたくらんでいたか…」っていう具合だ。

 なにはともあれ、イースト東京の事実上の総責任者はこの瞬間に大谷部長になった。そして彼はずっと重圧と闘う羽目になったのだ。
吉田専務に対して確執ができたが、それ以上に曽根社長の対応ぶりは、私や湯川や大谷に不信感を植え付けた格好となる。
人を大切にするか?に見えた曽根社長は、いざとなると自分の事しか考えない小心者というレッテルが貼られた。

 俺は一生、社長についていく…と口癖にしていた吉田専務は、一番最初に曽根社長を見限った。皮肉なものである…。
しかし私は知っている。吉田専務は曽根社長に引き留めて欲しかったのだ。
そして後日、このできごとが私と湯川の選択を誤らせる結果となった。


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