第三章


呼び水

電話応対の湯川君 引き続いて湯川に語ってもらおう。
木藤専務の近くでつぶさにイーストの内情を見ていたからだ。
ちなみに私こと和田は、後に曽根社長から以下にある事実の詳細を涙ながらに聞かされる羽目になる。
おそらく、イースト社員は現在も当時の真実を知らないと思う。
いや、知らないのも問題だが…イーストの社員は、私も含めてどこか他人事にしてしまう癖があるようだ。
では湯川君どうぞ。

「OKわかりました…」

 1993年秋、イーストはもはや社員の給料を出すことさえ大変な状態になっていた。
営業部の取引先である仕入れ業者からも、「お金はいつ払ってくれるんですかー!?」という催促の電話がとぎれることはなく、そのたびに責任者である木藤専務は居留守を使い、曽根社長も逃げ回っていた。
電話に出て謝罪するのは、私と経理の有馬部長がほとんどで、ただただ、「もう少しお待ちください」を繰り返すだけだった。
私が「逃げ回っとらんと誠意ある回答をしろ、ワシはもう電話に出やんゾォ!!」と木藤専務へ怒鳴る声も営業部中に響く毎日で、これじゃどっちが上司だかわからない。
さすがの木藤専務も催促の嵐に嫌気がさしたのか、出社する日もだんだん減り、携帯電話を持っているのに、電源を切って連絡がつかないようにしていた。
有馬敏夫 イースト経理担当部長 木藤専務は居ない、曽根社長も居ないじゃ経理としてもどーしようもなく、ついに有馬部長も辞表を何度も提出した。
そのたびに曽根社長と木藤専務は有馬部長を居酒屋へ呼びだし、酒でごまかしながら説得するのであった。

 バブルが崩壊したとはいえ、10年以上も取り引きしていた業者だから、誠意ある対応をしていれば、支払を待ってもらうことはできたはずである。
現に、ただ逃げ回っただけでも4ヶ月以上待っていてくれたのだから、きちんとした返済計画などを出せば支援してくれたであろう。
しかし、その場だけ逃げられればいいという経営者にあるまじき態度の曽根社長と木藤専務では、さすがに取引先も人情よりも保全に走るのはしかたがないだろう。
せっかく仕入れておいたパソコンとディスプレイを納品の2日前だというのに借金のカタとして持って行かれたこともあった。
 こうして商品を仕入れることさえできなくなった営業部は、その収入を代理店の売上だけに限られてしまったため、さらに赤字が増えていった。
それが1993年度(1994年)の大幅な赤字の原因だ。

曽根昭 イースト社長 ところで、曽根社長という人物は、弱い立場の人間に対してはとことん強気である。
つまり、イーストへの支払が遅れている企業に対する取り立ては、自分のことは棚に上げそれはもう激しいものだった。
最初は、「いつ支払うつもりですか?あなたは人間として恥ずかしくないんですか?」といった冷たい態度をとり、次は「いーかげんにしろ!いつ払うか今すぐ答えろ!!」と怒鳴りまくるのだ。
こんな電話を3時間おきにかけてこられては相手もたまらないだろうが、曽根社長としては1日も早く支払ってくれないと自分の身が危ないということで激しさを増していった。

 そんな中、曽根社長からの電話攻撃に怒りを爆発させた会社がでた。
その会社は社長と社員で合計3人しかいないのだが、たまたまそこの社長の母親が上京していて、電話番を手伝っていた時に曽根社長からの支払催促電話攻撃を受けてしまった。
最初は優しく、次に冷たく、そして罵倒するように激しく催促する曽根社長は相手かまわず怒鳴りまくる。
隠岐敬一郎 センチュリー社長息子の会社がそんなに危ない状態だったのか?と知らされた母親は一発でノイローゼになり、郷里へ送還→入院となった。
当然息子(そこの社長)は怒り爆発、「何で関係のない母親を怒鳴りつけたんだ!」と殴りかからんばかりの勢いで曽根社長へ電話をしてきたが、その場は木藤専務がひたすら謝ることで話は終わった。
 決着としては、曽根社長が1つ借りを作った形だったが、相手が悪かった。
その会社とはセンチュリー、つまり隠岐社長の会社だ。
そして運が悪いことに私が恐れていたデータトップとの直接取引も、東京ホーユー営業マンの何気ない一言から同時期に隠岐社長の耳に入ってしまったのだ。

 隠岐社長はその昔、重役が撃たれたことでも有名なアリストという大企業で資材部長を務めていた。
部下100人からを操り、M&Aにも手を出していた男だ(このころアメリカにいた)。
口先だけの交渉ごとに長けており、自分では何もできないのだが、他人に指示を与えて操るのが非常に上手い。
またM&Aをやっていた経験から、相手の弱みにつけ込むのも、これまた上手い。
だから、すでに2つの貸しを与えているイーストなど、赤子の手をひねるがごとく簡単なことだと考えたのだろう。
時すでに1994年の1月、いよいよ隠岐社長が動き出した。


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