第四章


体質改善委員会

 隠岐会長が全ての実権を掌握してから、私は毎月開催される社員総会に出席するように木藤専務にお願いされた。
隠岐会長の命令だとすぐにわかる。例の頷きが入るのだ。
理由は、現状のイーストの体制がどのようなのか把握してくれということだ。
そこで、地元の若い社員を連れ立って2回ほど出席し、総会を黙って聞いてみた。
感想は…あまりにも子供っぽくてアホらしいだ…。

隠岐敬一郎 センチュリー社長&イースト会長&クリエイト取締役 まず曽根社長が、オドオドしながら今月の方針を話し始める。明らかに隠岐会長の意向だ。
時々目線を合わせるのが観察できる。
しかし、曽根社長のプライドなのか、時々自分の考えのような意見を入れると、隠岐会長にちがうでしょ!なんて横槍を入れられる。
 次は有馬部長の経理報告だ。売上とかの報告がなされる(以前のイーストには無かった)。
そして、木藤専務が曽根社長と有馬部長の話に総括を入れ、時々笑いを取るように喋る。
次に東海林相談役(スワンズ設計社長)が、ガンバレヨなんて表現で全体の話を締める。
この間、隠岐会長は何も意見を言わない。
事前の取締役会の打ち合わせ通りなのだろう。
唯一、吉田部長が不服そうな顔をしている。おそらく取締役会で意見が合わなかったのだろう。
吉田部長はこの当時まだ部長職だが、取締役会に出席していた。

 一通り話が終わると、社員の質問コーナーとなる。
どんな質問が出るかと思えば、昔…そう…中学生の頃行っていた生徒総会に出てくるような質問…。
「掃除は分担制ですが、その日忙しくても事務所の掃除をするのですか?」
「隠岐会長は経営者として、その掃除の時間は無駄な経費だと思いませんか?」
なんていうのを真面目に質問し始める。
隠岐会長は、「それは私が答える問題じゃない」なんて議論を逃げているし(そりゃそうだと私も思う)、知らない間に木藤専務は司会者になっているし…。
しばらくワイワイしていると、司会者になりきった木藤専務が「和田君はどう思う?」なんて質問してくるから、「ここで議論することじゃないし、くだらなすぎる」とひねくれてやった。
 結局、各部でミーティングして分担のルールを決めることになったようだ(まるで小学生レベル)。
私なら、新人に近い立場の人がやれ!の権限を行使して終わりなのだが…なぜ、部長職の人も一緒に掃除するの?
徳田は、掃除の業者に任せるのが筋って思っていたようであるが、赤字財政の折そうもいかないだろう。

やってられないよ! また別の質問として、こんな意見もあった。
「私たちは技術を伸ばして一生懸命やれ、と言われているのですが、一生懸命しています」ってのだ。
これは私や徳田大谷へのあてつけの意見だと思う。かわいい質問だ。
意見としては愚痴っぽいのだが、無意味な意見でもない。
その意見をどう昇華するか?って方向に話が流れれば、結局、自分の能力を高めるって場所に意見は集約する。
コンピュータの技術を金に替える事を職業にしている以上、当然の帰結だ(私にしてみれば、願っても無い意見でもある)。
問題なのは、この意見を言ったのがプログラムもロクに組めないようなアルバイトの女性が言ったのだ。
まぁ、口の達者なアルバイトって感じだろうか?
 私は、「何故、アルバイトが社員総会で意見を言うのだ?」と思った。
社員とアルバイトじゃ待遇や立場が違うだろうに…それを、おそらく普段の仕事中に社員と供にアルバイトが愚痴っているのだろう。
社員は少なくとも長期的な立場になって意見をするし、将来(現在)の待遇や戦略を想定して意見するはずなのだ。
それなのにアルバイトが社員総会で意見しているのを、おかしいと誰も思わない。
つまり、社員も自らをアルバイト感覚に貶めていることが良くわかる。
しかも、私が想定するような高度な内容を言葉の中に含んでいない、単なる愚痴だ。
社員も同意しているし…甘えているんじゃないよと一喝したくなるような不平だ。そもそも不平っていうのは、やるべきことをやった人が言うものだ。

 こりゃ、私が東京にいる時よりひどくなっている…。
おそらく隠岐会長の思惑通りなのだろう、私に「社員の体質を改善させるしかない」の意見を引き出させた。
隠岐会長とは以前からDrawingを通して知りあいになり、良く酒を一緒に飲みに行っていたので、私の性格を見抜いていたのかもしれない。
実力主義と言う底辺も似ているのだ。
 夏頃になると私は社内に体質改善委員会なるものを発足させた。
メンバーの人選は私に任されたので、やる気のある若い社員を中心に選択した。
そして、体質改善委員会はスタッフ部門として社内のどの機関より権限を大きくすることに同意させた。
その他、ゲスト・メンバーと称して流動的に他の社員が会議に出席できるようにもした。
社内のラインと別ルートの新設でもある。これでイーストにもラインとスタッフ部門ができた。
つまり、単なる対外的でお情けの役職を離れた頭脳集団だ。後に新設した新商品開発委員会っていうのもそうだ。

体質改善委員会主要メンバー
和田信也 イースト部長 湯川祐次 イースト営業課長 大谷圭吾 イースト技術部課長 徳田斉昭 イースト開発部課長 新人社員
和田 信也 湯川 祐次 大谷 圭吾 徳田 斉昭 やる気のある
社員2名

 ところが、最初の会を開催すると、東海林相談役と木藤専務が出席していた。
彼らの理由はこうだ。
「委員会で決議しても金のかかる問題はどうしようもないでしょ?」だ。
本来なら、決議した案を取締役会にかければ済むことなのだが、小さい会社だけに仕方ないかな?と感じた。
それに、会社が何を考えているのか?の情報も引き出せると考えてしまった…。
スタッフ部門に経営者が入るって良いことなのか?私は未だにわからない。
少なくとも私が経営者ならスタッフ部門にも首を突っ込みそうだ。
もちろん立場を使い分けて、今はどちらの立場で意見を言うって宣言して発言するようにするが…。


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