第二章


水上部長排斥

 長井部長チームは最悪の技術者集団になっていた。目の色が輝きを失っている感じだ。
あるとき新入社員が私のところに相談に来た。
「僕はあそこにいると、技術力も付かないですよ…」と真剣に言ってきた。
私は、「Drawingの機能とかをこうしたらどうだ」と提案してみるように勧めた。
そして、「その作業は自信を持って私がやると言うんだ」と助言した。
彼の気持ちは、私か徳田に付きたいと思っているのだろうが、徳田は部下を持つのを嫌がっているし、私は風来坊なのであてにならない。
 後日彼は、長井部長にプロッタ制御の汎用化を提案したようだが、「おまえ、それやって責任取れるのか?」と言われたようである。
つまり、今やっていること以外の作業を始めて両立できるのか?という意味と、できなかった場合にどうするんだ?という意味だ。
まぁ、普段それなりに作業しているチームのリーダーなら、それはその通りなんだろうが、長井部長が言うと意味合いが違ってくる。
どこに今やっている作業があるんだろうか?
それはそんなに大袈裟な作業なんだろうか?
それに若い社員には多少とも冒険させたり、責任も与えなければいけないはずだ。
結局、「やろう!」と思っても、「余計なことはするな!」の一点張りで社員のやる気は失せていく。
しばらく経つと、だらだらと作業を続ける体制になり、目の輝きは失せていくのだ。

長井伸之 イースト開発部部長 一方、何時の間にか水上部長の率いる技術部も技術力が低下していった。
何故なら、出向者が減り、受注開発が増えた分、長井部長のところから人員補充があるからだ。それは社長の指示だ。
長井部長は、「俺がせっかく育てても皆持っていかれる」と不平を言うが、どこが育てているのか?多いに疑問だし、笑えた。
つまり、長井部長以下にいた社員は数年の経験者でも素人同然だし、すぐにはだらだらの体質を改められないのだ。
 もはや、やる気を失った素人経験の社員はプログラミングのコツを覚えられない。
思考して実現させるのがプログラムだとすると、どうして思考して良いのか?がわからないのだ。本人達も体質に気がついていないから忠告も理解できない。
おそらく、パソコンの前で簡単な課題をディスプレーを追いかけて作業している習慣がつくと、全体が把握できなくなるようだ。
全体を把握させようとしても、ディスプレーの中のソースが無いと不安になるらしく、糸口を見つけられない。趣味でパソコンを経験して、自信がある人も同じ事が起こり得る。たまには自己分析をすることが大切なのだと思う。
さらに、社員をコントロールする側も、数年経験者だからという思い込みがあり、経験に見合った要求を出す。
しかしながら、実際の能力は新人と変わらないのだ。プログラム言語を知っている新人レベルという表現がピッタリだ。言語やロジックを習得している程度では技術者とはいえない。

 こうなると技術部も開発部(長井部長チーム)の技術力に疑いを持ってくる。
当然だ。戦力として補充されたプログラマーは皆素人で、教育から始めないと使えないのだ。教育して使えるならまだ良い。もはや数年の経験が邪魔をして教育にもならないのだ。
最初からプログラムのセンスが無いのに気づかずに使いつづけた結果なのか、センスはあったけど潰されたのかは今となっては不明である。
私は、センスがあったら、長井部長の元を飛び出しているという見解だが、果たして?少なくとも私は、楽しくプログラムできなければ飛び出すほうなので…。

 長井部長のところから異動させられた社員にとって、技術部は厳しいと思うらしく、自分のことは棚に上げて水上部長批判に話を転化しはじめた。吉田部長は、平和主義者でお人よしなため、回されてきた社員を何とかしようとしている。
すると、回されてきた社員は吉田部長になつくのだが、それで仕事が楽になるわけではない。
しかも、吉田部長をナメタ態度になっていくのである。長井部長の下では意見を言うのさえ許されない雰囲気があったからだ。
一方、吉田部長は性格が気さくのように感じられるのだろう、口の聞き方が同等になっていった。
そのようなわけで、仕事の厳しさの不満は吉田部長に向けられず、自然に水上部長に向けられていった。水上部長は口数が少なく、いつも難しい顔をしているので不満の矛先を向けるのに適していたのだろう。

水上順 イースト技術部部長(役員待遇) 技術部はもともと古くからイーストにいる人間で構成されていたが、次第に古くからいる人物は退社していき、いつしか人員構成が変わっていた。
その中に長井部長チームにいた社員が組み込まれていったので、技術力は低下し、集まると水上部長の悪口を言うようになっていった。
吉田部長以外の昔から残っている社員は、若い人の意見を良く聞いた。
その為、いつしか彼らの言い分が真実であるかのように思い始め、古い社員も水上部長批判が始まった。
 古い社員といっても、彼らは私と同じ時期に入社した人たちだ。
物語冒頭で紹介したように、彼らもセンスのあるプログラマーとは言いがたい。
その為、自分の能力を棚に上げて、「水上部長は厳しい」とか「今度の仕事は難しい」とかの不平を良くいっていた。
しかし以前は、自分たちと同年代ぐらいの人が順調に仕事をこなしているので、酒の上での不平に納まっていた。それが自分たちと同年代の社員数が減ってきたり、イースト式の役職が付いてくると、自分たちはできるという勘違いが始まり、若い社員と一緒になって水上部長非難を始めた。進歩を止めたのだ。
 彼らは私にも水上部長の悪口を伝えてきて、私にも同意して欲しそうだったが、「あんたらの技術力が無いのが原因じゃないの?」といって窘めることが多かった。
しまいには、「水上部長は汚い」とか「順(水上部長の名前)ちゃんはホモ」だとか、子供のいじめのような低レベルの悪口に発展していった。
言っている彼らにしてみれば、共通の話題を見つけて楽しんでいるのだろうが、まことにもって嘆かわしく低俗だ。

木藤浩次 イースト専務 そんなある日、木藤専務が私のところにやってきて、「水上さんを会社から辞めさせるよ」といってきた。
「えっ?」と驚く私に「水上さん評判良くないだろう」といってきたのだ。
「会社の良心である水上部長がいなくなったらイーストは誰が怒るの?」と私が聞き返すと、「和田君の為に辞めてもらうんだよ」といってきた。
「な、何それ?」…私は木藤専務が何を言おうとしているのか理解できなかった。
「どういうことですか?」と木藤専務に聞き返すと、「社員旅行のとき怒鳴られたろう」といってきた。
確かに水上部長に怒鳴られた記憶はある。
それは、酒に酔ったときの話で、プログラミング技術について新しい手法の可能性を議論しているときだった。
私も水上部長も一歩も譲らず、最後に水上部長が大声をあげて、「あなたの言っていることはワカラン!」といったことがあるのだ。
しかし、それはあくまで仕事の話で、純粋な技術論の言い合いだ。
お互い技術者として議論したのであって、喧嘩と違うし、その後水上部長ともうまくいっている。
それは、その場にいた吉田部長もわかっているし、当の水上部長もわかっている。技術の相違論なんて現場でも良くあることだ。

 木藤専務は、「俺はその話を聞いたとき水上さんを辞めさせようと思ったよ」といってきた。
木藤専務の口癖の1つに、「俺は和田君の良い様にしてやるよ」ってのがある。
まぁ、何度かその台詞のおかげで得をしたこともある。しかし、今回は望んだことも無ければ思ったことも無い。
「一体どう言うことなんだろう?」…これは裏で何が起こったか調査しなければ私が犯人扱いだ。
早速その日に技術部の事務所を訪問し、吉田部長に「水上部長が辞めるって知っていますか?」と切りだし、酔楽へ飲みに行く約束を取りつけた。
そのとき、水上部長は不在だった。

吉田賢治 イースト技術部部長 酔楽にてわかったことがある。
それは私と同期入社でもある友人、飯塚が、「和田が水上部長を恨んでいる」と社長と木藤専務それに吉田部長が飲みに行っている時に話したそうである。
もともと、その飲み会の趣旨は「最近、水上部長が嫌われている」という問題を社長と木藤専務が調査する目的で開いたらしい。
その出席者に技術部部長である吉田部長と、若手代表として私と同期入社の飯塚が呼ばれたのだ。
そして、その場で出てきた話がどうやら、私の件だったらしい。
それ以外にも水上部長が、如何に厳しい仕事を社員に押し付け残業させているか…等の話も出たようだ。
 私は酔楽で吉田部長に「それは社員の技術力が落ちてきたからでしょう」といってやった。
すると吉田部長は「そんなことは無い、最近の水上さん厳しいんだよ」といってきた。なんてことだ、その一言で吉田部長も技術部社員と同じことを思っていると私は理解した。
さらに吉田部長は「水上さんの考えは古いんだよ」と続けた。そして、それが私と水上部長との技術論の話に繋がるらしい。
要するに、水上部長についての飲み会は技術部の直訴という会になっていたようだ。

 私にはわからない。何故、吉田部長までもが彼らの意見と同じになっているのだ?
技術部は事務所を移動していたので、普段の詳細が私にはわからなくなっていた。もしかしたら、本当に水上部長は変わったのかもしれない。
 いや、時々訪問する技術部は長井部長チームの雰囲気そのものだ。だらだらと仕事を続け、技術力低下による残業をしている。
それとも、私が彼らより飛びぬけてしまい、仕事が簡単に思えるようになったのか?
いや、違う!明らかにイーストの体制が緩んできたのだ。皆それに気がついていない。
後になって私の思いのほうが、一応正しい結果になるのだが、当時の私はイースト外にいるようなものだったので、強く主張も出来ない。
「それにしても、和田と水上部長の件が決定的だった」と吉田部長は酔いながら語ってくれた。
 今振り返ると、長井部長配下の社員レベルが徐々にイーストを侵食していったことはわかっている。直接的原因というやつだ。
間接的には好景気に支えられ、本当の実力が見えなくなっていたのだろう。これで良いんだという思いがイースト社内に蔓延していたのだ。
私も通常の社員の常識を逸した行動をしていた。
でも心の中では、不景気になれば社員の目も覚めて、さらに私の天下になるだろうとも思っていた。実際そうなるのだが…、しかし、会社が崩壊するとは…。
景気が良いと、私が何を警告しても無駄なのである。無駄だから自由に振舞ったという詭弁も許していただきたい。

 とにもかくにも、そのときの私は、私ってそんなにイーストで重要人物か?という慢心さと、どうせ、技術部の問題だという風見鶏で、それ以上深く追求することを止めた。
ただ、水上部長に私のせいと思われるのだけは嫌だなと思った。とにかく、これでイーストの良心である水上部長はいなくなるのだ。
社長と木藤専務にしても都合が良いのだろう。なにせ、文句を言う人がいなくなるのだ。もしかしたら、社長も木藤専務も水上部長を退けたかったのかもしれない。それはわからないことだ。
イーストは水上部長の退社を境に、なぁなぁ主義のもたれあいの頻度が加速していった。
それに、きちんと仕事の出来る人もいなくなったのだ。

 私は水上部長最後の日、2人だけで飲みに行った。余り会話も無く、2時間ぐらいのことだった。
その後、水上部長は退社し、イーストと同様の会社を設立した。
そしてイースト崩壊後、水上部長非難をしていた社員数人が水上部長の会社に移っていったのである…。


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