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勝山記 139-140

貸別荘 ぶらっと河口湖
河口湖北岸、富士山と河口湖が望める一戸建ての貸別荘。

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勝山記 139-140

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No.9373 勝山記 139-140

投稿日:2025年11月27日23時28分

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投稿者:冨士御室浅間神社 場所: 作成日:2015年12月16日17:05 勝山記
作品データ:Canon-Canon-PowerShot-G1-X / 15.1mm(35mm:) / F5.6 S1/60
 堂主栗田殿ハアサヒノ城ニ御座候
 アサヒノ要害ヱモ、武田ノ晴信人数ヲ
 三千人、サケハリヲイル程ノ弓ヲ八百丁
 テツハウヲ三百カラ御入候、去程ニ
 長尾ノ景虎細々責メ候へ共不叶ハ、後ニハ
 駿河ノ今河ノ義元ノ御アツカイニテ
 和談被成、壬十月ノ十五日ニタカイニ
 御馬ヲ入被食候、以上二百日ニテ御馬
 入り申候、去程ニ人馬ノツカレ無申計候
 此ノ年錢ニ南金ト云錢出キ候テ

 代ヲヱル事無限、此ノ年富士山北室ノ
 行者堂立申候、去程ニコマ堂モウハフキ
 小林善三殿本願ニテ被成候、此ノ年ノ
 壬拾月十日ニ、王吉田西念寺へ御付キ候
 去程ニ地下侍出家、男女皆、参候
 事無限、一夜御座候テ、河口善應寺へ
 御付候、此年駿河ノ義元ノ御内ヲ委
 申候内、説最〔雪斎〕ト申御出家壬拾月
 御死去被成候、駿河ノ力落不及言説
 此年相州ノ新九良〔�$ュ〕殿霜月八日ニ御
 曹子様ヲマウケ給フ、甲州晴信様ノ
画像管理者勝山記からコメント

 堂主の栗田殿は朝比の城におられた。
 旭の要害にも、武田の晴信が人数
 三千人、酒張りを射るほどの弓を八百張、
 鉄砲を三百ほど入れた。そうして
 長尾の景虎が細々と攻めたが叶わず、のちには
 駿河の今川義元の取り計らいにより
 和談となった。壬十月の十五日に互いに
 馬を入れられた。およそ二百日に及んで馬を
 入れたので、人馬の疲れは言うに及ばなかった。
 この年、銭に南金という銭が出て、

 代を得ることが限りなかった。この年、富士山北麓の
 行者堂が建てられた。そうして駒堂も上葺きされ、
 小林善三殿の本願によりなされた。この年の
 壬十月十日、上吉田の西念寺へ着かれた。
 そうして地下侍は出家し、男女皆、参詣する
 ことが限りなかった。一夜滞在され、河口の善應寺へ
 移られた。この年、駿河の義元の内で仕えていた者のうち、
 説最〔雪斎〕と申す出家が壬十月に
 死去された。駿河の勢力低下は言葉に尽くせなかった。
 この年、相州の新九良〔�$ュ〕殿が霜月八日に
 御曹子をもうけられた。甲州の晴信様の
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