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勝山記 123-124

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No.9365 勝山記 123-124

投稿日:2025年11月27日23時27分

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投稿者:冨士御室浅間神社 場所: 作成日:2015年12月16日17:02 勝山記
作品データ:Canon-Canon-PowerShot-G1-X / 15.1mm(35mm:) / F5.6 S1/60
 銭ヲ御懸ケ候、殊更ニ寺々祢宜
 いか屋うな流物ニモ、ヲシナヘテ御
 カケ候、去程ニ地下衆ナケク事
 無限、此年霜月下浅間ハイ
 テン造栄被成候、番匠アツカ
 イヲハ法里衆致候

○天文十九年 カノエ戌
 此ノ年春ル銭ヲヱル事不及言説
 六月ヨリ大雨フリ候テ、水出テ候
 七月八月、大雨大風吹キ候テ
 世間餓死致候事無限、此ノ年ノ

 九月一日ニ信州ノトイシ(砥石)ノ要カイヲ
 御ノケ候トテ、横田備中守ヲ始ト〆
 随分衆、千人計リ打死被成候、サレトモ
 御大将ハ能ク引キ被食候、此アタリテハ
 コサハ(小沢)式部殿、渡辺雲州打死致候、
 タウ分ハ国中皆捲テ候、ナケキ言語
 道断無限、サレトモ信州ノ取合不止、此ノ
 春中、少童共モヲヤミ候テ皆々死
 事不及言説、下吉田ハカリニテ五十人
 計リ死ニ申候、餘ノ事ニ書付申候、此ノ年ノ
 三月覚輪坊常在寺御ウツリ候
画像管理者勝山記からコメント

 銭を懸けられた。とくに寺々の祢宜、
 いかなる流れ物にも、押し並べて
 懸けられた。すると地下衆の嘆きは
 限りなかった。この年霜月、下浅間の拝殿が
 造営された。番匠の扱いは
 法里衆が行った。

○天文十九年 カノエ戌
 この年春、銭を得ることは言い尽くせなかった。
 六月より大雨が降り、水が出た。
 七月・八月も大雨と大風が吹き、
 世間で餓死に至ることが限りなかった。この年の

 九月一日、信州の砥石の要害を
 退けたとして、横田備中守をはじめ
 有力衆が千人ほど討ち死にした。しかし
 大将はよく引き上げられた。このあたりでは
 小沢式部殿、渡辺雲州が討ち死にした。
 当分のあいだ国中は皆、巻き返しとなり、
 嘆きは言語道断で限りなかった。しかし
 信州との争いは止まず、この
 春中、幼い子どもたちも病み、皆が死ぬこと
 言い尽くせなかった。下吉田だけでも五十人
 ほどが死んだ。余りのことに書き留めた。この年の
 三月、覚輪坊が常在寺へ移った。
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