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勝山記 111-112

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勝山記 111-112

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No.9358 勝山記 111-112

投稿日:2025年11月27日23時25分

表示回数:46

投稿者:冨士御室浅間神社 場所: 作成日:2015年12月16日16:59 勝山記
作品データ:Canon-Canon-PowerShot-G1-X / 15.1mm(35mm:) / F5.6 S1/60
 御座候テ夏ツ餓死致候、殊秋世中サンサンニ
 チカイ候テ、世間ノ人々餓死致候事無限
 不思議ニソイ物能ク候テホシハ(千葉)ニテ身命ヲ
 ツキ申候、此ノ年極月二小林宮内助殿白ス殿
 相模ノ屋形へ氏貞様(氏康)へ御参候、御トモノ方々
 刀ヲ悉ク金子ツクリニ致被申候、去程ニ小田
 原ニテモ、カヤウナルキラメキハ、早雲以後ハ
 見不申候ト風聞致シ候

○天文十四年乙巳
 此年ノ正月度々大風吹キ申候、餘ノ不思義サニ
 書付ケ申候、此ノ年ノ春ル人々ツマル事無限

 二月十一日富士山ヨリ雪代水、ヲシ候テ
 吉田へヲシカケ、人馬共ニヲシナカシ申候、殊ニ
 其ノ水ニテ、下吉田ノ冬水ノ麦ヲ、悉クヲシ
 ナカシ申候、アイノコリ候大麦小麦吉シ
 此ノ年五月、六月七月マテ雨一度モフラス
 色々ニ雨ヲコイ候ヘ共一雨モフラス、草ヲイハ
 廿分ニ越ヘ申候、此ノ年武田春信様ハ
 信州ノ見野輪殿ノ城(福与城)ヲ御責メ候、卯月ヨリ
 五月六月マテ御責メ候、サレ共ヲチ不申候、
 勝ツ沼ノ相州、小山田羽州(信有)、河内ノ穴山殿(信友)ノ
 御アツカイニテ和談ニテ御帰陣被成候
画像管理者勝山記からコメント

在りて夏も餓死に至り、ことに秋は世の中が散々に
近く、世間の人々が餓死することが限りなかった。
不思議に副食物はよく、干葉(千葉)にて命を
つないだ。この年、極月に小林宮内助殿・白洲殿が
相模の屋形、氏貞様(氏康)のもとへ参上した。供の者たちは
刀をことごとく金子作りにした。そうして小田
原においても、このようなきらびやかさは、早雲以後
見られなかったと風聞した。

○天文十四年乙巳
この年の正月、たびたび大風が吹いた。あまりの不思議さに
書き留めた。この年の春、人々が倒れることが限りなかった。

二月十一日、富士山より雪代水が押し出し、
吉田へ押し掛け、人馬ともに押し流された。とくに
その水で、下吉田の冬水の麦が、ことごとく押し
流された。残った大麦・小麦はよかった。
この年、五月・六月・七月まで雨は一度も降らず、
さまざまに雨を乞ったが一雨も降らなかった。草生は
二割を超えた。この年、武田晴信様は
信州の箕輪殿の城(福与城)を攻められ、卯月より
五月・六月まで攻めたが、落ちなかった。
勝沼の相州、小山田羽州(信有)、河内の穴山殿(信友)の
取り計らいで、和談となり帰陣された。
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