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勝山記 63-64

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勝山記 63-64

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No.9332 勝山記 63-64

投稿日:2025年11月27日23時20分

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投稿者:冨士御室浅間神社 場所: 作成日:2015年12月16日16:46 勝山記
作品データ:Canon-Canon-PowerShot-G1-X / 15.1mm(35mm:) / F5.6 S1/60
天下ニ此年ササラヲ老若共ニスル事無限
又京ニ王崩御トテ福徳二年庚戌季号
賛ル也、此年一季中ニ二度季号
賛ルナリ、以ノ外ニ大飢饉シテ、其ノ年ノ内ニ
米ハ七十、大豆ハ六十、粟ハ更ニナシ、牛馬
カツヱ死ル事大半ニ越タリ、人民飢死無限

〇明応元辛亥 此年モ季号イロイロ也
此年モ大飢饉無申計、売買ナシ、北条ノ
御所〔足利政知〕遷化也、牛馬飢死事無限、シヲカ
初ハ四貫文、後ハ三貫六百文ニ一駄売候
此年六月二日大雨フリ在所皆流ル丶也
此年クワケン習、京ヨリ西尊院トテ習ハセ
玉フナリ、ケイコ三月十四日ナリ、

〇延徳四季 壬子

此年六月十一日、甲州乱国ニ成リ始テ候也
當年ハ夏ヨリ、世間クツロク也

〇明応二年 癸丑

此年甲州以ノ外ニ物忩也、惣領度々合戦〔武田信縄〕
負玉フ、世間ハ富貴ス、賣買ヤソシ
駿河国ヨリ伊豆へ打入也〔伊勢新九郎〕
      
〇明応三 甲寅

此年賣買吉、吉田取訪大明神
鐘子武州ヨリ鑄テ昇テ候、三月廿六日ノ
合戦ニハ武田彦八郎殿負玉フ、大蔵ノ
大輔打死、同山中殿打死也此年フシ
サハ道場炎上、同タイマ道場焼ル也
耕作ハ半分モ実不入
画像管理者勝山記からコメント

天下にこの年、ささらを老若ともにすること限りない
また京に王の崩御があったとして福徳二年庚戌の季号を
用いた。この年は一季の中に二度季号を
用いたのである。これとは別に大飢饉となり、その年の内に
米は七十、大豆は六十、粟はまったく無く、牛馬も
飼い尽くされて死ぬことが大半を超え、人民の飢死は限りなかった

〇明応元辛亥 この年も季号がさまざまであった
この年も大飢饉で言い表せぬほどで、売買は無く、北条の
御所〔足利政知〕が遷化された。牛馬の飢死も限りなく、塩は
初め四貫文、後には三貫六百文で一駄売られた
この年六月二日、大雨が降り在所は皆流された
この年、桑の件を習い、京より西尊院として習わせ
られたのであり、稽古は三月十四日であった

〇延徳四季 壬子
この年六月十一日、甲州が乱国となり始めた
当年は夏より世間がくつろがなかった

〇明応二年 癸丑
この年、甲州はこの上なく物騒であった
惣領が度々合戦し〔武田信縄〕、敗れられた
世間は富貴で、売買は安かった
駿河国より伊豆へ打ち入った〔伊勢新九郎〕

〇明応三 甲寅
この年、売買は良かった
吉田の取訪大明神の
鐘は武州より鋳て上げられた
三月二十六日の合戦では
武田彦八郎殿が敗れられ
大蔵の大輔が討ち死に
同じく山中殿も討ち死にした
この年、伏沢道場が炎上し
同じく大麻道場も焼けた
耕作は半分も実らなかった
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