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勝山記 55-56

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勝山記 55-56

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No.9328 勝山記 55-56

投稿日:2025年11月27日23時19分

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投稿者:冨士御室浅間神社 場所: 作成日:2015年12月16日16:44 勝山記
作品データ:Canon-Canon-PowerShot-G1-X / 15.1mm(35mm:) / F5.6 S1/60
十五 正月コウヒ疫病、同十三日夜大風
十六 七月十二日新田武蔵守〔義興〕召シ取ラルヽ、同廿二日
   伊那瀬河被切、同廿二日夜勝光院殿〔満兼〕薨
十七
十八
十九
二十 極月廿八日夜大鐘中自都籠早火出七堂
   方丈会寮塔糺九ヶ所無残所建長寺モヤクル也
廿一 五月廿八日武州六所宮〔府中大国魂社〕大床下テ
   蛇ヲ呑ム如〔コト〕ク〔シ〕也
廿二
廿三 六〔月〕十九日上方大山御参詣、同十月六
   持氏将軍御下向
廿四 正月十三日持氏将軍スルカヨリ還御
〇廿五 九月十日大風諸国大木等多ク折ルヽ也
廿六
廿七 九百才 辛丑
廿八   

廿九
三十 上方小栗御発向〔小栗五郎平満重〕
丗一
丗二
丗三 六月一色殿〔一色軽部大輔持家〕大将軍甲州都留郡陣
    八月廿五日武田〔信長〕降参同廿八日鎌倉へ上ル也
丗四 テ開元
正長元 大飢饉天下人民多ク死ル也
永享元 極月十三日大様父子打ルヽ也
二 六月九日結城勝源寺大島へ流ルヽ
〇三 九月五日浄妙寺殿百年忌 二月
   二階堂信州上洛同下着
四 五月廿二先代〔北条高時〕百年忌、壬子年〔閏子年〕九月十八日大将
  殿〔将軍義教〕富士御参、清見寺御着在
五 九月十五夜大〔地〕震、同霜〔月〕廿六日大雪フリ
                  大木折ラルヽ也
画像管理者勝山記からコメント

十五 正月に疫病が流行し、同十三日の夜に大風が吹いた
十六 七月十二日、新田武蔵守(義興)が誅殺され、同二十二日に伊那瀬川が決壊し、同夜に勝光院殿(足利満兼)が死去した
十七
十八
十九
二十 十二月二十八日の夜、大鐘の中から出火し、七堂・方丈・会寮・塔など九か所が焼失し、建長寺も焼けた
廿一 五月二十八日、武蔵国六所宮(府中の大国魂神社)で、大床下に蛇を呑み込むような怪異があった
廿二
廿三 六月十九日に上方の大山へ参詣し、同十月六日に持氏将軍が下向した
廿四 正月十三日、持氏将軍が駿河から帰還した
〇廿五 九月十日に大風が吹き、諸国で大木が多く折れた
廿六
廿七 九百歳と記され、辛丑の年であった
廿八

廿九
三十 上方へ小栗が出陣した
丗一
丗二
丗三 六月、一色殿(一色軽部大輔持家)が大将軍として甲州都留郡に陣を敷き、八月二十五日に武田が降伏し、同二十八日に鎌倉へ上った
丗四 この年は開元とされた

正長元 大飢饉が起こり、天下で人民が多く死亡した
永享元 十二月十三日、大様父子が討たれた
二 六月九日、結城氏が勝源寺から大島へ流された
〇三 九月五日に浄妙寺殿の百年忌が行われ、二月に二階堂信濃守が上洛し到着した
四 五月二十二日に先代(北条高時)の百年忌が行われ、壬子年九月十八日に将軍義教が富士へ参詣し、清見寺に到着した
五 九月十五夜に大地震があり、同十一月二十六日に大雪が降って大木が折れた
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