第七章


イースト崩壊

湯川祐次 さて、隠岐会長にも相手をされなくなったイースト。いくら頑張って資金繰りをしたところで、誰も曽根社長など相手にしてくれない。
さんざん、周りの期待と信頼を裏切ってきた曽根社長には同情のかけらも無かった。まだ憎まれながらも強引な手口を断行する隠岐会長のほうが信用ある。世間というものはこういうものなのだろうか?

 10月27日、思わぬニュースが飛び込んできた。ついにイーストが倒産したというのだ。情報ソースはイーストに最後まで残っていた加藤課長だから、おそらく間違いない。
しかし、事実ならこれは大変なことだ。何故なら、我々が訴訟で戦おうとしている相手が勝手に消滅したことになる。まさか訴訟と同時にイーストが崩壊するなんて…。まぁ、思惑通りなのだが、そんなにイーストはギリギリだったのか?
私ははやる気持ちを抑えつつ、加藤課長に事の経緯を詳しく聞いてみることにした。

 加藤課長の話…。

 10月も終わりに近づき、そろそろ給料日という時になって、曽根社長が社員全員を前に何やら演説を始めた。
「いろいろ手は尽くしましたが、残念ながら皆さんへの10月分の給与は支払えません…。申しわけありませんが、皆さんには辞めてもらうことになります。会社は解散することにしました」
相変わらず一方的で勝手な振る舞いだったようだ。曽根社長は完全に開きなおった態度で、何の脈略も無く、会社の終わりを宣言した。
 当然せきを切ったように、どういうことですか?と質問を投げかける者もいれば、金払えェー!と叫ぶ者もいた。しかし、こうなることは百も承知の曽根社長、悪びれる様子もなく、ただ払えませんを繰り返すだけだった。無いものは無い…この我々に行った給与未払いの行為を、あのボケはこの場でも正当化した。
「無いものは払えないでしょ?それをどうするの君たち?」

 少し考えればわかりそうなことだが、この頃のイーストに支払う能力がないことは十分すぎるほどハッキリしていた。一番わかりやすいのは仕事がなかったことだ。社内で請負の仕事をしている人間が何人もいるわけでなく、他は勉強期間と称してただ出社しているだけなのだ。
 帝都建託へは数人が出向していたが、これも9月末日で契約が切れて、それ以降の更新はされていない。わざわざ客先で隠岐会長と曽根社長がもめているというデタラメな状況だから、お客さんにしてみれば当たり前のこと。そんなややこしい会社に仕事を依頼することなんかありえない。
高田弁護士
 一方、我々はイーストの解散劇を高田弁護士へ話した。本当に倒産したかどうかの確認は必要だが、その善後策を聞くためだ。
「じゃ、我々もやってみるか!」…高田弁護士に何か策が浮かんだようだ。
 通常、倒産となれば税務署や社会保険事務所、果ては国税といった公の機関は債権を持った民間企業よりも優先して差し押さえすることができるらしい。
しかし、そこは給与を踏み倒されたというかわいそうな我々の立場を利用して、そのお金を少し分けてもらう事ができるかも知れないのだ。
 「最後までイーストと取り引きしていた会社名を洗い出し、連絡先といくらぐらい入金予定があるかを調べてくれ」
私は高田弁護士に言われ、さっそく調べてみたが、取引先がわかっても入金額までは調べきれなかった。だがそこは弁護士の強みか、それぞれ取引先に電話をしてイーストへ支払うお金をこちらに渡すよう話した。すると、すでに1社は社会保険事務所に、2社は税務署にそれぞれイーストへの入金予定金を差し押さえられてしまったようだ。

 我々は1歩遅かったのだ…。
池田幸一弁護士 税務署へ行って、おねげェーしますだぁ、お代官様ぁ〜お慈悲を…と、涙ながらに訴えれば多少のおこぼれにあずかれたかも知れないが、それは諦めることにした。
 念のためイーストの登記簿を何度か調べたが倒産の事実はない。つまり、会社を倒産させてしまうとすべての借金は曽根個人に支払責任が発生する。従って、とても倒産させることなどできないということだろう。
 社員がいないからお金はすぐに返せない…と債権者へ説明し、コツコツ返済していくから…と約束でも交わして急場を脱出したのかも知れない。
おそらく、曽根についている池田弁護士の入れ知恵だろう。
状況はどうであれ、曽根社長にとって最も有利な状況で会社を整理できた。こんな結末に弁護士を使うとは、大谷さんや加藤さんも想像できなかったろう。

 和田さんが何か言いたいみたいだ…。

 イーストの崩壊は実にあっけなかったね。会社が崩壊する時ってこんなもんなのかもしれない。
それに最後まで残っていた社員は、曽根社長の発言を素直に聞いた。イーストは正式に倒産などしていないのだから、最後までゴネてイーストに居座る人がいても良さそうなんだが…。
 たとえ会社が倒産したとしても曽根社長に社員を辞めさせる権利は無い。通常、会社整理後の管理者が社員を引き継ぐのだ。
素直に辞めた社員は、曽根社長個人を助けるための行動をしたに過ぎない。
「お金がないから給料が払えません。だから皆さん辞めてください」…だと…ふざけるな!
和田信也 イーストはイーストという器を残したまま解散したに過ぎない。社員には給与が払えないと言い、無一文で会社を追い出した。だが、イーストに対して未だ存在しているどこかの会社の未入金があるようだ。曽根社長はこの金を独占した。この金を社員に還元なんて思っていない。
 会社解散に伴う債権者集会は秘密裏に行われた。社員に支払う給与は無いのに他に払う金はあるようだ。現物の話じゃない。曽根社長の支払う意思の問題でだ!
結局、社員を子ども扱いにし、巧みに無一文で追い払い、良い顔をしたい場所には媚を売る。吉田専務や我々に行った背信を最後まで残った社員にも行った。
 実際、目の前の危機である債権者をどうにかしたい気持ちはわかる。しかし、その前に曽根は社長である。この場合の義理人情は必要ないのだろうか?我々も社員も債権者には変わらない。
だが、曽根は、とにかく、巧妙に社員を整理した。
 我々は訴訟しているので、給与と退職金はあきらめていないことになる。しかし、他の社員はあきらめたことになるのだ。これも、権利を主張したいのなら出る所に出るしかないということなのか?

 はい、和田さんありがとうございました。

 本当に…振り返ると、イーストの崩壊も簡単だった。ドラマチックな展開があるわけでも無く、粛々と進行していった。我々はクリエイトに続き、イーストの崩壊にも立ち会ったことになる(正確には両社とも倒産ではないのだが…)。
 裁判の方はなかなか次に進まない。イースト側は裁判の引き延ばしにかかっているのか、なかなか反論を裁判所に提出せず待ち状態になっていた。イーストが倒産していないのなら、我々から逃げることも出来ない。しかし、こうしている間にもあのハゲはどこかで生き延びているのかと思うと無性に腹が立つが、高田弁護士と相談した結果、別の作戦に出ることにした。
それは、未払い賃金を国に出させる方法だ。こういう時に弁護士がいてくれると本当に助かる。
なんだそんな作戦があったのか…と思ったら、1つ問題があった。その申請をする窓口は、なんと労働基準監督署なのだ…。


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