第四章


東海林社長の密告

東海林厳一 スワンズ社長 体質改善委員会には、時々東海林社長が出席する。
彼は某会社の工場長をしていたが、友人の会社(株)スワンズ設計を引き継いで、社長に就任した(引き継いだ経緯は不明)。
隠岐社長とは彼が工場長時代に知り合い、そんな関係で、事務所は隠岐会長のセンチュリーと同じ部屋に位置していた。
東海林社長は一見すると、60歳を過ぎた感じの良い人に見える。
しかし、バックには得体の知れない(株)エクサスという会社がついており、良くその会社の社長と会議を開いていた(友人らしい)。
事務所にやってくるエクサスの社長(奈良沢社長)は、どう見ても危なそうな人で、隠岐会長とも顔見知りのようだった。ちなみに、エクサスは表向きにはソフト会社だが、裏では高利貸しを行っていた。

 曽根社長に土下座を迫ったときに、一緒に同席していた人物はエクサスの奈良沢社長だったのだ。
あくまで噂の粋を出ないが、エクサスはバブル時期に指定暴力団だった。しかし、暴力団新法とバブル崩壊で資金力が低下してきたが、高利貸で何とかしのいでいたらしい。
そして蓄えた資金を元手に表社会へと転身した。その隠れ蓑はソフト会社だが、実態は土建業者との癒着による裏金のトンネル会社的な意味合いが強い。
…断片的に漏れてくる情報は以上の通りだが、あくまで噂であることを示唆しておきたい。実際のところは不明である。

 東海林社長は、隠岐社長とともにイーストを乗っ取るつもりで行動していたが、実はエクサスの奈良沢社長とも結託していた。東海林社長と奈良沢社長の合意事項はこうだ。
 奈良沢社長のエクサスは、ソフト会社といっても実質的には力が無い。開発部隊が無いからだ。
そこで、奈良沢社長は隠岐会長がイーストを手に入れたがっている情報を東海林社長から得た。おそらく、隠岐会長と東海林社長の事務所の部屋が同一(あるいは懇意)なので情報を得たのであろう。
奈良沢社長は東海林社長に、隠岐会長と協力してイーストを乗っ取るように話を持ちかけた。うまくいけば、ソフト会社が手に入り、きれいな事業として出発できるかもしれないからだ。
 計画どおり、イーストは隠岐会長の手に移ったのだが、いつまでたっても奈良沢社長においしい目がこなかった。東海林社長もイーストの相談役として就任したが、それ以上でもそれ以下でもなかった。
奈良沢社長と東海林社長が乗っ取りの際に演じた役割は、恫喝と資金提供の保証をするという事だった。そして彼らの見返りはイーストの役員と曽根社長の借金先になるということは実現した。

 しかしイーストそのものはいつまでたっても隠岐会長の手にあった。これでは約束が違う。つまり、彼らも隠岐会長に利用されたような形となり、自らその事実に気がついてきた。
そこで、東海林社長と奈良沢社長はイースト社員に隠岐会長をボイコットするように仕向けてきた。具体的には隠岐会長が行っている不正金額の流れを暴露してきたのだ。
その当時の私は、東海林社長と奈良沢社長が裏で結託していた事実は知らなかった。知らなかったが、ぼんやりしていた隠岐会長の悪事について知る機会を得た。
それは隠岐会長にイーストが移ってから1年半後の1995年の夏のことである。

 いつものように体質改善委員会を開催し、東海林社長も出席していたときのことだ。
東海林社長が、「おまえたち、このまま隠岐会長の言いなりで良いのか?」と切り出してきた。
委員会のメンバーも隠岐会長の方針に疑問を持ってきていたし、木藤専務から漏れてくる隠岐会長の悪事を聞いていたので、何の話かは想像できた。
隠岐敬一郎 センチュリー社長&イースト会長しかし、隠岐会長側の人間が話をはじめると更に真実味を帯びる。
東海林社長は「君たちが一生懸命やってもイーストは再建しないよ」と、ついに内情を語り始めた。それはいつものように、やさしそうな口調で語りかけてきたのであった。
 「君たち今イーストはいくら負債があるか知っているかね?」
きょとんとしている私達に「8,000万円だよ、8,000万円」と話し、「じゃ、こちら(神田)に来たときの負債は?」と意地悪そうに言う。
メンバーの誰もが黙っていると、「1億円近くあったんだよ」と続けた。
「まぁね、1年ちょっとで2,000万円ほど返済したけど実際には、もっと減っていなければおかしいんだよ」とニヤリとしている。
「長井君のところあるでしょ?あそこに鈴木建設から1億円の仕事が来て、技術部の事務所も閉鎖したでしょ?それに和田君のDrawingも売上が回復しているのに8,000万円の負債はおかしいと思わないの?」
誰かが「どうしてなのですか?」と質問した。
東海林社長にも思惑があるのだろうから、発言内容は事実と違うかもしれない。
…が、そのときの発言内容を要約すると…。

1.隠岐会長は経営指導料と称して、月々200万円をイーストからセンチュリーに移している(年間2,400万円)。
2.信用を無くしたイーストでは仕入れができなくなったので、隠岐会長のセンチュリーが代わりに仕入れを行っているが、その中間マージンを搾取している。
3.イーストの借りている事務所の家賃(含む光熱費)をあすかビルの大家と画策して不当に徴収している。
4.隠岐会長が個人的に使用する、車、マンション、治療費、等々の費用はイーストの必要経費として計上してある。
5.その他、売上利益が出ないようにイーストからセンチュリーに帳簿を付け替えている。
6.以上のことは隠岐会長の友人である会計監査と弁護士が話し合って操作している。
のようなことを言っていた気がする。
気がするという意味は、後年になり私と湯川が調査した内容が、東海林社長の話と記憶の中で一緒になっているかもしれないからだ。まぁ、どちらでも良いことなのだ。おおむね東海林社長の言っていたことは事実だった。
おそらく、1994年度の決算報告を作成しているときに隠岐会長と東海林社長の意見が食い違い、その後確執が生じたのだろう。

 それまで私は社内の体質に目が向いていた。金に絡むことは、経営者がすれば良いという意識があった。
曽根社長は確かに経営者として失格だったかもしれない。しかし、悪さのできる人間でないことは確かだ。木藤専務にしてもそうだ。
私はどちらかというと、人間に悪いやつはいないという考えだ。隠岐会長にしても最初、Drawingを通して話した限りでは悪者というイメージは無かった(その後の隠岐会長の言動に疑問を持ち始めていたが…)。
木藤浩次 イースト専務 この話を聞いていた吉田専務は、事実関係を確認すると怒っていた。
そうだ、このころの吉田専務は社内改革とコスト意識に目覚めていたので、体質改善委員会の会議にも良く出席していた。
 とにかく今は東海林社長が言っているに過ぎない。事実の見極めが必要なのだ。
そこで私と湯川は、隠岐会長の腰ぎんちゃく状態の木藤専務に話を聞くことにした。
木藤専務は、どちらへ就くか?なんていうポリシーは全く無い。私達が、隠岐会長の悪事について話してよと言えば得意げに話すのだ。
そういうわけで、私と湯川は東海林社長の発言が、ほぼ事実だという裏付けを取った。
しかし、曽根社長も木藤専務も決算後の役員会に出席していただろうに何も感じなかったのだろうか?
そうか…何も感じないような人たちだから会社を取られても平気なんだな…。

 吉田専務は、隠岐会長が一方的に命令する役員会に出席している。その役員会で問いただすつもりなんだろう。
その席上で、どのような会話がなされたか私は知らない。
 一方で、東海林社長の密告があってから、私と湯川と吉田専務は、曽根社長に反旗を翻すように勧めた。
社長、隠岐会長の件は事実ですか?もし事実なら法的になんとかならないの?ってな具合だ。
しかし、曽根社長は、弁護士を雇えるだけの金が無いを理由に行動を起こそうとしなかった。
本当に気の小さい男だ。プライドを失っている曽根社長は廃人同然だった。

 イーストが隠岐会長の手に渡ってから1年半…。
最初の決済も済んで、まず隠岐会長の帳簿疑惑が噴出した。
いよいよ隠岐会長が正体を現してきたのだ…。

 東海林社長その後…。

隠岐会長の独裁が気に入らない東海林社長と奈良沢社長は、隠岐会長の悪事を社員にばらすことによって、イーストと隠岐会長の断絶を謀った。イースト社員の謀反によって隠岐会長を孤立させるつもりだ。
 一方で奈良沢社長は、木藤専務に隠岐会長じゃイーストは駄目になるよと相談を持ちかけ、いざとなったら私が何とかしようと確約した。
奈良沢社長は、隠岐会長とイーストが険悪になれば何とかイーストが自分のものになると思ったのだろう。
温泉写真しかし、木藤専務は酒の席で奈良沢社長の提案を隠岐会長に話してしまった。
木藤専務にポリシーが無いということを奈良沢社長は知らなかったのだ。
口の軽い木藤専務は大切な件でもペラペラ人に話してしまう。後年、私と湯川も思い知らされるときが来るとは、この時点では夢にも思っていなかった…。
 これを知った隠岐会長は激怒して東海林社長を相談役からはずした。さらに様々な嫌がらせ(仕事を干したり、イースト社員の前でけなす)を東海林社長に対して行った。
それが原因かどうかはわからないが、東海林社長は隠岐会長と決裂してから半年後に胃がんを発病して他界してしまった。本当にあっけなく…。(胃がんと知ったからイーストに味方したという説もあり)

 東海林社長の葬式当日、隠岐会長は飲み屋のママと温泉旅行していた。東海林社長の命も、今日明日というときにだ。そして、死んだという知らせを聞いたにもかかわらず、すぐには帰えらないで、葬式にも遅れて到着した。
後日、温泉でのママとの記念写真を自慢げに木藤専務に見せて、「あいつ(東海林社長)みたいに俺に逆らうやつは死ぬんだ、ざまぁ見ろ!」と語ったと言う…。
これには、さすがの木藤専務も隠岐会長の神経を疑ったとにやけながら後日語ってくれた。
一方の奈良沢社長は東海林社長の死後、イーストに姿を見せなくなった。何があったのかは窺い知れない。
ただ曽根社長の個人借金だけは押さえてあるようだ。時々電話で脅かされている曽根社長の姿がそこにあった。


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