第四章


権限と責任

 さて、イーストの体質を変えるための手段として外部(隠岐会長)からと、内部(体質改善委員会)からの両方の要因があった。

隠岐敬一郎 センチュリー社長&イースト会長 そんな中で隠岐会長の意見は絶対である。
以前なら、社員が曽根社長木藤専務に意見をし、実行を確約させても最後の最後で何もしないという、どんでん返しにあった。
しかし、隠岐会長が彼ら2人に何か言うと、オロオロして何か実行しようとする。たいていは金に絡む要求だったが…。
悲惨にも曽根社長と木藤専務はイーストのことよりも、隠岐会長のために金策に走り回る道具とされていた。
 半年もすると曽根社長は会社にそっと現れ、何処と無く金策に行くようになる…。
社員にも相手をされていないようだ(だれも目を合わせない)。ただ隠岐会長に使われるために小田原から新幹線でやってくる。もはや廃人状態だ…。
木藤専務は相変わらずヘラヘラと隠岐会長に取り入ったり、社員に取り入ったりしていて正体が掴めない。
彼は隠岐会長の酒飲み友達としての立場を築き、カメレオン、カメレオンしている。
完全に2人とも、隠岐会長に養ってもらっているっていう雰囲気だ。あぁ、情けない。
 一方、隠岐会長は社員に対しては無関心である。
いや、単なる将棋の駒扱いだということが良くわかる。むしろ、洟(はな)にもかけていないって感じだ。
ただ、私と湯川と徳田には一目おいている(ように感じる)。3人とも金に直結するってことがわかっているからだろう。
ここで言う金とは、Drawingのことだ。なぜか隠岐会長はDrawingが大変気に入っており、全ての中心にDrawingを置いていた。
そのDrawingにとって欠かせない人物は私たちであることを見ぬいて(情報を得て)いる。
他の社員は全て出向に出せば金になると考えていたようである。

 一見、隠岐会長と意見(実力主義)が一致しているように見える私は、体質改善委員会なるものを主催した。
本当は、遠まわしに隠岐会長の提案だとわかっているが、現在の社内体制に満足していない私は同意した。
良く考えると、隠岐会長に社内の技術力とか、緩慢さなんかはわっていないと思われる。
いや、やはり無関心だというほうが適切だろう。
それは徐々に私にもわかってくるのだが、とにかく最初の頃は、今までの社内体制を変えられるきっかけが現実味を帯びたと思ってしまった。というより、使命感だった。
 ちなみに私は会議の前後3日間ぐらいは東京に滞在することになった。
そのために事務所のある、あすかビル内のマンション部分の1部屋を借りることにした(普段は営業用倉庫として使用)。
隠岐会長とビルのオーナーは懇意なのでわけの無いことだった。

徳田斉昭 イースト開発部課長 会議の根回しとして私は、普段から同じ主旨の事を言っている、徳田大谷湯川に声をかけた。
私と彼ら3人は、一応、仕事が出来ると思われているし、とりあえず社内改革派だ。
 他のメンバーは、やる気のある社員数名を固定メンバーとして追加し、さらに毎回何名かをゲストメンバ-として社員を会議に出席させることにした。
ゲストメンバ-の選定は、会議に出たいと言えば決定だが、そんな奇特な社員はいないので、各メンバーが、今回はこの人を出席させたいと思う人を出席させるようにした。
もちろん会議に出席することで、変わってほしいという教育の意味合いが大きい。

 さて、根回しした事は、「体質改善委員会を作るから協力してくれ」はもちろんだが、もう一つ重要なことがある。
それは、私たち4人で物事を決めたのでは、決めたことを執行するときに社内から反発が予想されるのだ。
徳田は、「反発されても実行しちゃえば良いだろ!」と言うが、私としては少し軟着陸の路線を取りたかった。
だから、改善委員会の他のメンバーを交えたときに芝居をすることにした。
 徳田と湯川は最も厳しい意見を会議の場に提供する。普段から厳しい事を言っているので自然だ。
大谷は、柔軟路線で徳田と湯川の意見の反対役に回る。これも普段どおりだ。
私は彼らの意見を調整して双方の言い分を取る。すると、会議の決定事項は意図した通り、改革を行う方針で決まり、少し過激な部分に落着く。
4人が芝居をしていれば会議は意図した場所にまとまるということだ。
もちろん、会議の決議をどこに落とすかは事前に連絡を取り合い、大まかな青写真を描いておく。
重要なことは、他のメンバーも会議に参加して同意したと思わせることで社内の総意とすることだ。

体質改善委員会 例えば、社内の各人のスキルテストを実行して技術ランクを決めようという場合。
本当の目的は、スキルによって給与面での格差をつけるというところまで持っていきたいのだが、まずは普通にテストをすることが大変。
平等主義を唱えて、社員の1人1人に期待するという方針を取っている吉田部長は絶対反対だということがわかっている。
また、Drawingを担当していた社員も快く思わない…何故なら普段、自身のコンピュータ技術向上なんて行っていないからだ。
そこで徳田は、「テストして壁に張り出せ」と意見する。大谷は、「本当にテストで分析できるのか?」と切り出す。
その間、他のメンバーも意見を出す。いつものイーストの会議なら、ここで決を取らずに話が霧散する。
しかし今度の会議は私が強引に「とにかくやってみよう」と意見をまとめメンバーの合意を取るのだ。
これで、スキルテストを執行することに決まる。

 もう一つ大切なことがある。以前のイーストには無いことだ。
それは、スキルテストを行うなら、責任者を任命することだ。ただの責任者ではなく、権限のある責任者だ。
 話が変わるが、お役所仕事というのがある。これは、権限はあるが、責任が無いのだ。
役人は、権限をちらつかせて任務を実行するが、失敗したら、責任をとらない。
逆もある。ワンマン社長のいる場合がそうだ。責任を押しつけるが、責任者に権限を与えない。
この場合は、権限が無いから、責任を全うすることが難しい。
 今までのイーストは、権限も無い代わりに責任もない。だから社員がだらけて、無気力になり、俺は関係無いとなる。
和田信也部長 イースト社員簡単な方程式だ…。
会議をするなら議決する。議決したら、速やかに執行する。執行には責任者を任命する。責任者には同時に権限を与える。責任者は当然、失敗したら責任を取る。逆に成功したら正当な評価を与える。
ということだ。
 ただし、当時のイーストの状態では、正当な評価が与えられず、無償奉仕になっていた。
その理由は、正当な評価を与えるまで委員会(もちろん部長クラスにも)に権限が無かった。
正当な評価を待遇に結びつけるなら、その権限は隠岐会長にあったのだ(ここだけはワンマン社長のパターン)。
とにかく、体質改善委員会はボランティア活動に近い存在だったかもしれない。
 私は隠岐会長に体質改善委員会の権限を認めさせて発足した。
しかし、何度かの会議を通して、見せかけの権限だと気づいてきた。隠岐会長は社員のことはどうでも良いらしく、金以外の件には後手になるのだ。
気づいたのは私だけではない。徳田、湯川、大谷も気づいてきた。
とにかく、隠岐会長は実力主義でイーストを変えるだろうという期待は軌道をそれてきた。
私たち4人が疑いを持ったら、もはやイーストの体質を救えない。
ここは先の話になるので深く触れない…。つまり、権限が無ければ改革は難しいということだ。

 話を体質改善委員会にもどそう。
この場の中には責任もあり、権限もあった。次々に改革案をまとめ、責任者を任命していった。
責任者は指揮者だ。誰に改革の仕事を手伝わせても良い。任務が達成できれば良いのだ。
ただ、イーストには、この考えが浸透していないため、東京側のメンバーは提案者個人が自らの手で処理するしかなかった。
私は地方にいたため、最初の教育を新入社員に施していたので、プロジェクトを組みやすかった。もちろん、部下が失敗したら私の責任だ。
吉田賢治 イースト部長 このとき、体質改善委員会に出席していた吉田部長は、次々に案件を処理していき、その案件の責任者を割り振っている様を見て、通常業務に支障をきたすと怒り出した。
しかし、割り振っていたのではない。会議に出席したメンバーは次々に立候補しているのだ。
多少なりとも自分の意見が反映され、総意となっていく。あるときは総意が自分の意見かもしれない。
もちろん、体質改善委員会は総意を実行していく実績を作ってある。
これだけの条件で、自分が出した意見の責任者にならないっていう人はいないだろう。
いたとしたら、無駄な意見を言っているに過ぎない。有言不実行だ。
また、吉田部長はラインとスタッフの関係が理解できていないように思える。与えられた仕事をこなしていくだけでは会社の発展はありえない。
体質改善委員会はゲストメンバ-を次々に招いて、1人1人の資質を計り、意識向上の手助けにも役だったのだ。

 2年間程(1994〜1995)で執行した主な案件は、(今までは、こんなこともできていなかったんですねぇ…)
・マナー講習。(TELの受け方〜社会人の常識までのマニュアル化)
・社員のスキルテストと実績の把握。(仕事の割り振り、評価基準の把握)
・資格試験の援助金制度。(資格試験も受けてごらん?)
・部長クラスは社員と個人面談を行う。(部長クラスは社員の能力を知れ!…後述)
・ディベート体験。(会議のやり方や、物の考え方を学ぼう)
・有料の経営者研修受講。(コスト意識を全社員に徹底)
・有料の技術講習会に参加。(予算の関係で一部の講習にしか参加できず)
・プログラム設計のやりかた。(設計をしてからプログラムしよう)
・工程管理のやりかた。(設計、工程管理のマニュアル化)
・社内ライブラリーの蓄積。(ライブラリーの汎用化と電子化)
・社内のペーパーレス。(LAN環境と文書の電子化)
大谷圭吾 イースト技術部課長・権限の分散化。(例:本を買うのも社長に許可->プロジェクトリーダーの許可で可)
・フレックス時間の導入。(残業が多かったり、能力が無いと認めない)
・技術営業の設置。(受注の仕事を取る部門を新設->技術部の一機関とする)
・「新商品開発委員会」の設置。(技術者の攻めの体質を養う)
・その他。(今覚えているのはこれぐらい…)
また、会議に出席すると、「残業するって能力が無いからだ」とか「設計なしにコーディングしてはいけない」という意見が自然に飛び交うので、ゲストメンバーが刺激されるという効果もあった。

 理由はどうであれ、隠岐会長に権限が移ったことで、当初は社内の体質が変えられると思っていたことは間違い無い。
まだ誰も隠岐会長の本心を知らなかったころの話だ。
とにかく体質改善委員会は、社員を正当評価して見合った待遇(給与・フレックス時間)を与えることで、社内を活性化し、技術力を高めようって主旨だった。私が長年言いつづけていたことだ。
ところが後年、私たち主要メンバーが新体制を見限った瞬間にイーストは社員の気持ちがバラバラになった。
唯一、大谷だけが最後まで努力していたが、イースト末期に彼は孤立してしまった…。


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