富士五湖TV 甲州三島越(冨嶽三十六景)
葛飾北斎の富士山
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甲州三島越 冨嶽三十六景より
 三島越とはいわゆる鎌倉往還のことで甲斐国から駿河に至り「いざ鎌倉」の道で、具体的には、河口湖〜山中湖〜籠坂峠(山梨・静岡県境)〜御殿場〜三島のコースです。
この画は通説通り、籠坂峠から見た富士山ですが中央の大きな木は当時から現在まで存在が確認されていません。特に富士山の東側は宝永の噴火の影響を直接受けており、火山灰等がかなり堆積した場所でもある理由から巨木が無事でいる理由も薄いと考えられます。

 おそらく北斎が巨木を配置した理由は「宝永火口」を隠すためという説はおおよそ正しいと思います。また、この巨木は笹子峠の「矢立の杉」を拝借したと個人的に考えています。北斎自身も「北斎漫画」の中でも「矢立の杉」を描いていますし、広重も「諸国名所百景」の中で「矢立の杉」を描いています。広重に至っては北斎と同じく旅人が巨木の大きさを測るために腕を広げて木の周りに寄り添っています。北斎も「矢立の杉」を見たときの感動を富嶽三十六景のどこかで使用したかったに違いありません。理由はどうであれ、峠道の高度感と大変さが巨木と休憩によって程よいバランスが保たれているように感じるのは私だけでしょうか?
笹子峠「矢立の杉」
大月〜甲府

現在の画像

北斎漫画より

広重諸国名所百景より
 「甲州三島越」の視点は籠坂峠だということが一応の定説ですが、他の場所であるという説も存在し特定と言うにはまだまだ論拠が必要です。しかし、ここではしっかりと特定するために検証を重ねたいと思います。
 まず注目したのは山頂の形状です。北斎の画の山頂を見ると頂が五つ確認でき、この頂のパターンは富士山を東から見る特徴です。次に、頂の配置パターンを算出します。ここでは分かり易いように全体を100としてその頂の隙間の比率を表します。すると右から、24:24:34:18となり、中央の頂の左右配分は48:52となります。
そして、これらの配分通りに富士山の頂が見えるよう、GoogleEarthを操作し富士山中心から視点の方角を決定します。するとその直線上に北斎の視点位置が交差するはずです。

北斎の配分

GoogleEarthの配分

山頂形状の視点方向
「籠坂峠」の周辺
視点方向により位置を特定

 山中湖から籠坂峠に向かい、籠坂峠を越すと急な下り坂があり、その道のどんづまりは急なヘアピンカーブです。ここまでは古道もほぼ現在のルートを踏襲していますが、この先古道は谷筋に沿って進みます。しかし谷筋に沿って下ると富士山は見えません。富士山を見ながら旅をするならヘアピンカーブから山を巻いて南下する必要があります。そして徐々に高度を下げ須走神社に至ります。計算で得られた「甲州三島越」の視点もヘアピンカーブの上付近から高度を下げず少し南に向買った場所がちょうど画の構図に近くなります。特定するのなら山梨県と静岡県の県境当たりです。ちなみに両県の県境も籠坂峠鞍部ではなく、ヘアピンカーブを少し過ぎた場所になります。地図で確認してください。従いまして北斎の「甲州三島越」の視点は籠坂峠鞍部ではなく、奇しくも両県の県境と一致しています。

甲州三島越検証結果

籠坂峠空撮

北斎漫画に描かれている「甲州三島越」
上画像の場所と良く一致しています
 
 「甲州三島越」の構図を考察します。まず、中央部を分割するような巨木に「1」に目が行きます。その視線を下げてくると大人たち「2」が何かやっています。身なり持ち物から旅人でしょうか?たわいもない会話が聞こえてきそうです。そしてこのユーモラスな光景の向こうに富士山頂「3」があります。富士山のすそ野を追って「4」まで視線を移すと草履を放り投げて茅刈りを休憩している人がいます。地元の人でしょうか?旅人の驚きを自慢げに見ているようです。そして細部の「5」に視線は移り、その他のストーリーを想像させます。そしてこの峠が地元の人や旅人の行き交う要所で高低差のあるきつい峠であるにもかかわらず巨木によって一息つけるポイントへと昇華しています。
 通常なら、中央の巨木の存在で視線に一定のリズムが生まれず不安定になる場合が多くなりますが、北斎の画は適度な人物配置と富士山の存在で一定のリズムを崩しません。「1」で引き付けられ「2」で溜め、「3」で引き付けられ巨木を横切って「4」で溜めが自然に入ります。つまり、インパクトのある存在感で視線を引き付け誘導し、視線の誘導先で「何をしているんだろう?」という脳の思考で視線に溜めを作っているのだと思います。私はこの緩急がこの画の魅力だと思いますがいかがでしょうか?
 さて「甲州三島越」ですが、実際の富士山の稜線とかけ離れて描かれていることが気になります。北斎のスケッチは大変正確で「必ずどこかに同じ構図の富士山がある」と思っていますが、この画に関しては当てはまるように思えません。よって本項はひとまず視点を特定するに留めておきます。
引き続き検証作業を進めていきたいと思います。
 
その後、検証作業を進めた結果、
北斎の画の秘密を垣間見る新発見がありました
 
 「甲州三島越」に描かれている富士山の稜線は結果的にどこの地形にも当てはまる場所がありませんでした。しかしその後、「山下白雨」の北斎の描き方は大きなヒントとなりました。ちなみに「山下白雨」の描き方は富士山の斜面から裾野にかけて広がる地形の起伏をそのまま「山下白雨」の富士山の稜線に当てはめて描いています。それと同じ手法が「甲州三島越」にも使用され、その地形が「どこかにあるはず」と思い、探し回ったわけでしたが、時間ばかりが経過し結果的に見つかるに至らなかったという訳です。
 
 それでは、「甲州三島越」の富士山の稜線の形状は何でしょうか?
私は「甲州三島越」の富士山の稜線の形状を1年近く見続けました。そして閃いたのです。
この細かい凹凸がある自然物というのは木の表面なのかもしれない…
そう、木の皮の表面に見えたのです。そして、「甲州三島越」を改めて見ると大きな木が描かれている。「まさか…?」
こう思い立ったら検証するしかありません。以下にその検証過程を示します。

富士山の左稜線に木の左側を重ねます

富士山の右稜線に木の右側を重ねます
 なんと、一致しているように感じます。そこで更に良く分かるように画を加工して検証していきます。
木の左側輪郭を分かり易いようにくする
富士山稜線にねてみます
 いかがでしょうか?凹凸はほぼ完全に一致します。そして、更に完全一致させるためには木の輪郭を微妙に湾曲させるとぴったりと一致します。これで画の富士山の左稜線は同じ絵に描かれている木の左輪郭を分解して流用したことが分かります。まさに200年ぶりの大発見だと思います。
 
 しかし、富士山右側の稜線と木の輪郭線はあまり一致しませんでした。以下はその検証過程です。
木の右側輪郭を分かり易いようにくする
富士山稜線にねてみます
 だいたいの感じは一致しているように見えます。しかし、「完全に一致と言えるのか?」と問われるとそうとも言えない微妙な感じになってしまいました。ここで検証を止めるべきか大いに悩むところですが、以下の変換をとりあえず行ってみたいと思います。
右の木の輪郭を73%にして富士山稜線右にねてみます
 これによって完全とまでは言えないけれど、ほぼ富士山右稜線とほぼ一致しました。
次に残された富士山左稜線の上部分を試行錯誤して探してみます。最初は木の輪郭の残された部分を上手に使用しているのだろうと思いましたが微妙に一致しませんでしたので、ここでは公表を控えます。
そこで最も良く富士山左上稜線の形状に一致した輪郭を探すと驚くことに富士山左下稜線の一部でした。ということは木の左輪郭の一部と良く一致することになります。以下にその様子を掲載します。
左の木の輪郭を再び富士山稜線左にねてみます
 以上が私の検証した富士山稜線の謎解きですが、いかがでしょうか?富士山左下の稜線の形状以外の検証は完全一致と言えないのでやや不満が残りますが、北斎画がどのようにして自身の画を考察するかの大きな理解に役立ちます。
 最後に、山頂に掛かる雲の形状も木の輪郭から発想を得ているのかのようですので以下に示します。
富士山山頂の雲の輪郭を木の枝にねてみます
 
富士山稜線は中央の木を使用して描いている
 北斎の画は視点探しも楽しいのですが、画の描き方も機知に富んでいて楽しいと思います。
 
200年の謎は私が解いたよ北斎さん
 

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絵・写真・動画・文:久保覚(富士五湖TV)
資料:国立図書館・国土地理院・wikipedia
使用ソフト:カシミール・GoogleEarth
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