富士五湖TV 葛飾北斎の富士山
浮世絵の中の富士山あの富士山はどこから描かれているのか?
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葛飾北斎の富士山
「凱風快晴(冨嶽三十六景)」の視点
富士山の視点は富士川河口付近(沖合を含む)と(100%)特定できました。
構図はスケッチを傾け宝永火口を隠した画となります。
従来の定説を覆し新発見となりました。
「神奈川沖浪裏(冨嶽三十六景)」の視点
富士山の視点は木更津沖に(90%)特定できます。
1枚の画の中に5コマの時間経過を配置した高度な遊びが感じられます。
富士山の隠し絵と時間経過の描写は意見が分かれる可能性があります。
「山下白雨(冨嶽三十六景)」の視点
富士宮市柚野興徳寺上(桜峠)付近と(100%)特定できました。
左に見える山並みは愛鷹山の反転画です。
従来の定説を覆し新発見となります。
「甲州三坂水面(冨嶽三十六景)」の視点
富士山の視点は富士河口湖町勝山湖畔と(100%)特定できました。
北斎は船上にて視点移動しながら溶岩の表情を1枚の画として描いています。
従来の定説を覆し新発見となりました。
「甲州三嶌越(冨嶽三十六景)」の視点
全体的な場所は籠坂峠付近。宝永山を隠すように矢立の杉(笹子)らしきものが。
様々な説を統一踏襲しました。
「甲州伊沢暁(冨嶽三十六景)」の視点
近景は現石和ですが富士山の視点は富士宮市大石寺から見た富士山です。
従来の定説を覆し新発見となります。
「甲州石班澤(冨嶽三十六景)」の視点
近景(鰍沢)は不明、富士山の視点は富士川下流、人物との相似形が楽しい。
どちらかというと異説になります
   

 かつてマンガの神様手塚治虫は「マンガはおやつであり、記号である」と言いました。マンガの世界に劇画が登場し、「手塚マンガはもう古いのでは?」と言われ始めた時に発した言葉でした。その言葉通りに手塚はマンガの中の人物や木などを記号化してスケッチを大量に保管し、ストーリーに合わせコマの中に貼り付ける作業を発案し実践していました。その作業方法についてインタビューされたときマンガの記号化を提唱していましたが、葛飾北斎はすでに実践していたと語っています。葛飾北斎の表した「北斎漫画」という作品集を紐解いてみると、その中には様々なスケッチやらデッサンがあり、さらには遠近法の考察をしていたりもします。そして、その様々なパーツを自身の作品の中で自由に配置し、時には大きさや左右を入れ替えたりして仕上げています。

 さて前置きが長くなりましたが、北斎の富士山を描いた浮世絵の作品の数々も多くのパーツ集から人物等が配置されており、画の構図も切絵を配置するような考察を経て仕上げてあることが基本です。つまり、ストックされている画の部品一つ一つを遠近法の構図の中に拡大・縮小・反転・回転等の変換を用い絶妙に配置されているのです。そして、それは画の対象である富士山についても行われていることが重要な要素です。従って「この画の富士山はどこで描いたか?」と同時に「この画の富士山はどこの富士山をどのようにはめ込んだか?」も考える必要があります。

 そして当たり前のことですが、1800年代の地形を想像しなければなりません。江戸時代の道や川や湖などの湖畔は現在のそれと場所が違うし、地図感が違います。地図感というのは、例えばA地点からB地点に行く際、現在では道路を基準に考えてしまいますが昔は楽に最短距離で行ける経路、つまり山の尾根等を有効に活用していました。平地がありがたいと思うのは現在の価値観であり、昔の価値観ではないのです。以上のことを踏まえたうえで北斎の痕跡を想像し、富士山のスケッチをどこで行ったのかの特定の助けとしています。




絵・写真・動画・文:久保覚(富士五湖TV)
資料:国立図書館・国土地理院・wikipedia
使用ソフト:カシミール・GoogleEarth
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